写真ギャラリー6 「駒ケ岳神社太々神楽(長野県木曽郡上松町)」
                    国選択無形民俗文化財 2003年5月の作品
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 信州木曽谷の上松町は、林業を中心とした成り立ちを持ち、北は木曽福島町、南は大桑村に接し、西は赤沢自然休養林を擁する国有林、東は中央アルプス最高峰の木曽駒ケ岳を経て駒ヶ根市に隣接している。
 中山道木曽路十一宿の上松宿に当たり、木曽八景の寝覚の床や木曽の棧などを散策できる。駒ケ岳神社里宮は、上松市街地から東1キロの徳原地籍の山中に佇んでいる。
 駒ケ岳神社で5月3日の例祭に奉納される太々(だいだい)神楽は、昭和50年代に国の選択無形民俗文化財に指定された。最初に湯立神楽を奉納、第一座の岩戸開舞から第十三座の六神行事まで、1日かけて行われる。
 駒ケ岳神社は、天文3年(1534)に禰宜大徳原長大夫春安が駒ケ岳山頂に保食大神と豊受大神を勧請し奥院を、また、山麓の徳原に里宮を建立したのが始まりという。この神社に奉納される太々神楽は、氏子の中で定められた農家の長男に申し送る一子相伝形式で、今日まで伝えられてきた。奉楽で舞うものと問答で舞う二つの形式で構成され、三剣の舞、四神五返拝などの舞は気迫あふれる舞だ。

山の集落に雨が降り、一帯はいつ神が降り立っても不思議ではない情景となった。

表参道からだと神社まで半時間ほど歩く。民衆たちが数百年も守り伝えてきた祭りの日、表参道は氏子たちのものだ。
裏参道からひっそりと境内に向う。
神事が始まる。


第一座 岩戸開舞

        (いわとびらきのまい)
第二座 御神入舞
        (ごじんにゅうのまい)
第三座 病気平癒幸神舞(びょうきへいゆこうじんのまい)
神楽殿は太々神楽奉納を毎年楽しみにしている氏子たちで満席。神々しい空間なのだが、なにか穏やかな雰囲気は、お神酒と持参の弁当で神との宴を開いている氏子たちのためか…。


どこの祭りでも同じだが、ここでも高齢化が目立つ。
第七座 四神五返拝(ししんごへんぱい)

天の清浄、地の安全、人の和楽を祈願して、四神に五返拝する舞といわれている。鼻高面をつけ、始めに鉾を持ち拍子に合わせて、足拍子を踏み、ドドドドドっと駈けて座が移り変わる。そして、小剣を抜いて持ち、座をかえながら四隅の柱に向かい神楽詞を唱える。鉾舞と剣舞を組み合わせた勇壮な舞に、神楽殿にいる皆の心が一つになる錯覚を覚えた。
第八座 止雨武多井舞(しうぶたいのまい)
第九座 岩戸別神鈿舞
       (いわとわけのかみうずめのまい)


この舞の翁は天岩戸別神で、鈿は天鈿神。神々の問答で湯立の神事と、神楽の由来を語る。
古くから御岳神社とともに山岳信仰、また、馬の神、養蚕の神として信仰され、信濃一円から遠くは尾張にも講社があり、信者が数多くいたという。

この一日は各集落、全国各地からの参拝者が絶えない。そして、この町から全国各地に出た者たちが孫をつれて里帰りするという。
祭を楽しむ祖父母を探しにやってきた子供たちが境内で遊んでいる。

「素朴な祭」といえば私の感じた思いが正しく伝わらないかもしれない。「素朴」とは時代の流れとは関係のない「本来の姿」だ。
「祭」を訪ねてみると、忘れ去られそうな日々の「信仰」が残っていることに気づく。


神殿の裏には、この神社を参拝する全国各地の「講」が奉納した石碑が佇む。