「10年ぶりの呑み仲間の会」
  2005-01-18 酒呑みどころ・和来路(東京・茗荷谷)にて

●東京の茗荷谷にある「酒呑みどころ・和来路(わらじ)」
 第2回「居酒屋紀行」は、東京・茗荷谷にある「酒呑みどころ・和来路」で開かれた懐かしい面々の呑み仲間による酒宴だ。
 東京の茗荷谷は地下鉄丸の内線で池袋から3つ目の駅。小石川植物園が近く、筑波大学、お茶の水女子大、跡見学園などみどりと坂の多い文教住宅街だ。写真家・プランナーとして独立する前に勤めていた京都科学の(博物館など文化施設プロデュース・教育ディスプレイメーカー)東京支店の最寄り駅で、私の本籍地の雑司が谷も近い。父が筑波大学の研究者だったのでこの界隈は小さな頃から慣れ親しんでいる。
 居酒屋や呑み食いどころも多く、教員や学生の街なので比較的安く呑め、最近はお洒落な店も増えたがアットホームな雰囲気の店はまだまだ健在だ。
 「酒呑みどころ・和来路」は30年以上前に、「和を求めて来る」と「わらじを脱ぐところ」の両方の意味をこめて暖簾を出し、親父さんとお母さん、息子の3人で切り盛りし、料理はすべて手作り。近所の大学の学生バイトは兄弟のように仲がいい。新鮮な魚をはじめ、肉じゃが風のモツ煮やポテトサラダは病み付きになる味。地酒、地焼酎も豊富なラインナップで、サラリーマンや大学関係者のオアシスだ。客も参加する店主催のイベントも盛況で、ゴルフコンペ、ボーリング大会などが行われている。週末は外にテーブル席が増設され、近くのスポーツ施設で汗を流した人たち、またオーケストラの練習帰りの常連客が盛り上がっている。気さくで庶民的な店で、毎晩、小さな祭りが催されているようだ。

◆東京メトロ 丸の内線 茗荷谷 徒歩1分 ◆住所/東京都文京区小石川5-4-8 ◆電話/03-3943-6565
◆ホームページ http://www.geocities.jp/warajisan/
 

森吉氏が到着。各氏、ポーズのとり方がバラバラ。しかし、如何にも…という感じでキャラクターが表れている。
早速、ビールで10年ぶりの再会を祝い「乾杯」。
おぉっ…中尾氏の髪の生え際が移動したか…。額と髪の毛の「プレートテクトニクス論」…。
●中尾氏の宿舎 シャンシャインプリンスホテルでの2次会

●今回の「発見」と「お笑い」
1/10年ぶりに会うとなると「ふつうの酒宴」でも心地よい
このメンバーは、それぞれ酒や食べ物に造詣が深い。しかし、10年ぶりに呑み仲間と会うとなると、それだけで絶品の酒の肴になる。「居酒屋」という言葉そのもので、同じ場所に「居て」、「酒」を酌み交わす文化的な時間が心地いいのである。皆、「呑みニケーション」の達人だ。が、最近は、この言葉の存在意義が薄らいできているというから寂しい。

2/小俣氏以外、皆、老けていなかったようだ

20〜30才台だった仲間たちが、既に40〜50才台になった。しかしながら、それぞれの道を楽しく深めているのか…、急激に老けた者がいなかった。少々、小俣氏の髪の生え際が後退し、白髪が増えたのが目立ったが…。

3/中尾氏から「あんどーさん、白髪が増えましたね」と指摘されてしまった
「そうなのか…」とビックリし、白髪染めを考えてしまった。

4/森吉氏と小俣氏の今後のコラボレーションが楽しみ

我輩を介して環境がらみの森吉氏と小俣氏が、呑み仲間となったことが嬉しい。今後、仕事でどのようなコラボレーションを行ってくれるのかが楽しみだ。まぁ、仕事のコラボレーションがなくても、また、楽しく呑めればOKと思うのである.。

5/次回は何時、何処で、このメンバーで呑むのか
中尾氏が「次回は、また、10年後ですかねぇ」などと暢気なことをいっていたが、この呑み会を定期的なイベントにしたい。できれば長崎、大阪、東京、信州と、ほっぺた回しして、各氏が幹事を務め土地の味と地酒を楽しむ。出張のスケジュールを合わせれば何とかなるだろう。全国にいる呑み仲間に連絡しなければ…。

居酒屋紀行/第2回
●なぜか長崎や大阪から十年ぶりに集まった呑み仲間
 不思議な縁の若き呑み仲間(といっても、もう38才らしい)中尾清寛氏と、この酒宴の一週間前にパソコンのトラブルで連絡を取った。彼は我がアトリエのパソコン・コンサルタントであり、博物館など文化施設のプロジェクトで全国を呑み食べ歩いた相棒である。その中尾氏が18日から1泊2日の東京出張とのこと。自動的に呑み会が決まったのである。

●呑み仲間図鑑

中尾清寛氏

中尾清寛氏/一級建築士ほかいろいろな資格を有す。長崎市在住
 彼との出会いは、私が京都科学を独立した年のこと。熊本大学の故・木島安司(※)研究室で建築を勉強していた彼が、偶然、私が退社したあとに入社し、我がアトリエの担当となった。
 その理由は、単に、私と同じフランスのタバコ・ゴロワーズを吸っていたから…という笑い話のような本当の話。このタバコ、かなり個性的な香りで、周囲の人に気を使うのである。京都科学時代、非常に個性的と評価を受けていた私の相棒に、当時の上層部は、同じタバコを吸う彼がピッタリと思ったらしい。
 阿蘇で生まれ育った中尾氏は、酒を愛する頑固で朴訥な「熊襲」というより、多趣味で油絵から写真、音楽から料理までたしなみ、ジャンルを問わない読書家。洒落っ気のあるなかなかの秀才は、私と同類なのか…凝り性。視野の広さと記憶力は抜群で、かなりの勉強家。論理的でありながらもアナログの大切さを心得ている。また、地酒や味覚への好奇心はピカ一で、実際に料理を試みるなどの姿勢がいい。呑みながらの歓談は、変化球を交えたキャッチボールで、実に楽しく心地よい一時となるのである。彼との年頭の挨拶はかならず「今年も美味しいお酒が呑める一年でありますように…」となる。やはり、一升瓶を持たせたら様になる男だ。
(※)建築家 故・木島安司/明治時代に建てられた熊本大学旧講堂が取り壊される運命になったとき、それを買い取って阿蘇の麓に移し、孤風院[こふういん]という名の自邸として再生させた著名な建築家。解体・移築に際しての苦労、家族や周囲の人々の協力を得て生まれ変わった旧講堂の誕生から完成後までの記録が、住まいの図書館出版局の[住まい大学系038/孤風院白書]として出版されている。


小俣邦夫氏

小俣邦夫氏/アトリエ92代表・イラストレーター 環境NPO事務局員 東京杉並在住
 武蔵美出身でミサワホームに入社、デザイナーとして活躍し、その後、京都科学に中途入社する。当時、京都科学は企画セクションを新設し増強を行っていた。我輩は広告代理店から、小俣氏は住宅メーカーからの中途入社、また、文化財の研究界からも採用していた。東京支店採用の我輩と小俣氏は、本来、同僚として東京で酒を酌み交わすはずだったのだが、我輩は3年の京都本社研修がそのまま本社勤めになってしまい、出張のたびに小俣氏と呑むことになる。
 彼の人柄は本当に「人が良い」に尽きる。「酒宴の人気者」で、あったかく人懐っこい性格の彼には、数々の大笑い話と女人関連物語がある。
 現在、彼の先々代の郷里・山梨の古民家を如何に再生し、適度に酒と色のある暮らしをするか…が彼のライフワークになっているらしい。ご覧のように「山タイプ」に見えない彼は、スキューバダイビングをこよなく愛する「海の男」で、毎年、冬は海外に遠征する。実は、我輩も中尾氏もスマトラ沖巨大地震に彼が遭遇していないか心配だった。

森吉裕志氏

森吉裕志氏/NGO 地球環境関西フォーラム 事務局次長・主任研究員
 大阪にユニバーサルスタジオが誘致される前、阪神大震災の2年ほど前から、尼崎市や大阪市の文教プロジェクト、また、京阪奈学園都市における国土庁(当時)プロジェクトなどの事務局に、我輩と中尾氏がプランニング担当で京都科学から派遣された。これらのプロジェクトを取り仕切っていた大阪ガスグループ・シンクタンクの研究員が森吉氏である。我輩が京都科学の外部ブレーンといち早く気がつき、一献傾けたら意気投合、以来、気がつけば釣り仲間で、また、呑み仲間でもある。
 京都工芸繊維大学の出身で、NGO地球環境関西フォーラムを立ち上げ、事務局次長を務める主任研究員。十数年前から都市論を踏まえた正しきビオトープ論を展開し、第1次のビオトープ管理士の資格を持つ。独特の大阪弁で語る幅広いジャンルの文化論などの話は、視野の広さと深い教養があるからこそ。
 ご覧の通り、英国風紳士の森吉氏は、フライフィッシングの愛好者で、彼の「釣り道具」のコレクションは凄い。10年近く前、森吉氏宅でコレクションを見せていただいたが、更に凄くなっているようだ。この酒宴の前々日、偶然、彼から電話があり「懐かしいなぁ〜。ちょうどその日は東京出張だから是非…」の一言で駆けつけてくれた。酒宴の後、夜行列車「銀河」で大阪への帰路に着いた。
●進行状況
15時過ぎ都内の予備取材が終わり、代々木にある釣具屋・カディスに向う。KURAの連載「アンティーク・ミュージアム」のネタにするため、英国ハーディー社のフライフィッシング・リールのアンティークを物色するが、適当なものが見つからず、新宿の東急ハンズまで街歩きをする。シェーファー万年筆の旧型カートリッジを買い求めるなど、ハンズで約1時間ほど時間を潰し、18時半頃、小俣氏に連絡を入れる。
19時30分、新宿駅で小俣氏と合流する。どことなく小俣氏は老けたか。中尾氏の宿舎シャンシャインシティ・プリンスホテルのある池袋へ向い、酒宴の会場を検討している最中、私の携帯電話が鳴る。中尾氏の仕事が終わったとの連絡で、茗荷谷にいるとのこと。ならば茗荷谷の居酒屋で呑むか…と、小俣氏と共に向う。
20時前、茗荷谷の駅で10年ぶりの再会をし、「和来路」へ。
数分後、森吉氏から連絡が入り、我々と合流。
小俣氏と森吉氏は初顔合わせだったが、NPOの運営などの話題で盛り上がる。人の良い小俣氏がNPOで苦労している現実に、我輩と中尾氏が笑い、笑顔の森吉氏が鋭く突っ込み…大爆笑。
焼酎1本があれよあれよとなくなると、森吉氏が帰路に着く時刻。茗荷谷駅で「次回は大阪でやりましょう」と硬く握手をして森吉氏を見送る。

●酒呑みどころ「和来路」に到着
我輩の肩書きにTVコメンテーターというものが増えたことに対し、各氏が「いかがわしい」と突っ込む。
小俣氏はこの辺で出来上がってしまったのか…。
「船を漕ぐ」小俣氏。その昔、京都の寺町や祇園のバーでブイブイ呑んでいた彼だが。年のせいか…、それとも女性絡みで疲れているのか…。
我々の呑み会の鉄則。先に出来上がった者が一番良い環境で眠るというルール。
そういえば、いつも中尾氏に我々の面倒を見てもらっていたような気がする…。
中尾氏のノートパソコンに入っている「写真データベース」。その昔の写真を見ながら、京都科学の仲間の動向や、彼が長崎に移住して以来の出来事を聞く。
靴下を脱ぎ、本格的に呑もうと体勢をとる我輩。
中尾氏の宿舎に場所を移し二次会となる。コンビニでビール、酒、焼酎を入手しシャンシャインシティ・プリンスホテルへ。
既にかなり酔っていた小俣氏は、二次会早々、「船を漕ぎ」ダウン。
話題は例によって多岐にわたるが、中尾氏曰く「10年たっているとは思えない酒宴だ」。
確かに、仕事第一ではあったが必ず呑む時間を作っていたような気がする。個性豊かな「酒呑み」が偶然集まったのか…、いや、必然的に集まったのだろう。
結局、2時ごろまで呑んだのだろうか。
気がつけば朝。小俣氏はNPOの打ち合わせがあるとのことでJR池袋から荻窪へ、我輩と中尾氏は丸の内線に乗り、中尾氏は茗荷谷で降り、私は東京駅へと…散っていった。
さて、次回は何時、何処でこのメンバーで呑むのだろうか。