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01●邪魔物になるか、骨董・アンティークになるか

 一昔前、身近な風景の中に佇んでいた蔵。
 蔵の中には、祖父や曾祖父など祖先が愛用した様々な道具や用具が詰まっていた。
 蔵はその家の暮らしや生活の収蔵庫であり、歴史と文化のミュージアムだ。
 「骨董」や「古道具」は、「家族たちが愛用する」という生かし方があれば、立派な家財道具。しかし、使わなければ邪魔者、埃に埋まる羽目になる。
 これらの道具は一回でも手を離れ、そのものの良さを見抜き生かし方を知る者の手に入ると、立派な「骨董品」や「アンティーク」として生まれ変わるのである。骨董屋や古道具屋、アンティークショップに並ぶ品々は、蔵から掘り出されたものが仕入れられたのかもしれない。

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02●骨董、古道具好きの家系
 私の家系は、無類の骨董、古道具好きである。私にもそのDNAが受け継がれているのか、骨董やアンティークがあると自然と視線が向き、手が伸びてしまう。
 子どもの頃、父に付いていった店が、この世界との出会いであり、そのときに感染したアンティーク菌が、年を重ねるとともに病となったのか。
 曽祖父や祖父が愛用した品々を、父が大切に使い、私たちに受け継がせ、また私たちが次代へと伝えていく…そんな家系なのであろう。
 古いものを大切にし、愛用する…。
 そのこと自身が、その家の生きている歴史・文化となるはずだ。
 忙しく生きる私たちが忘れかけている"豊かさのある暮らし"に通じる生き方なのではないだろうか。

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03●アンティークが背負う物語
 手元にあるいろいろなアンティークは、どのような物語を背負っているのだろう。
 道具としての由来や機能を語るストーリーもあるのだが、最初に手に入れた人物が愛用したという物語もある。人から人へと渡っていき、偶然、私と出会い、私なりに愛用しているのも神秘的な物語である。
 このことを考えると本当に不思議な気持ちになる。
 その道具を眺めていると、使っていた人物の性格や、その道具が壊れそうになったり、どうしようもない理由で人手に渡ったりしながら、時代を乗り越えてきたのが伝わってくるのだ。
 ある取材で、飯田の著名な陶芸家・水野英男氏が「使えば壊れるのが器。しかし、いいものは時代を乗り越え生き残る。その時代のパワーを持っている」と語っていた。
 私のような、軟派なアンティーク好きと違う崇高な骨董の世界の話ではあるが、何かフッと頷ける説得力のある話なのだ。

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04●身近なライバル
 父は本物の骨董好きである。家の中にはいつも骨董、古道具が溢れかえっていた。傷物も 「気に入った」となれば手に入れ、愛用する姿を見て育てば、私がアンティーク病になるのも天命なのかもしれない。
 さすがに陶磁器などは父ほどの目利きではないが、幾つか手に入ると父と情報交換をし、物によってはライバルの眼差しで「ちょっと使うぞ」となる。
 私が気に入る「モノ」たちは、確かにその時代に育まれた顔をし、その時代の「カタチ」を纏っている。当時の「技術、材料、暮らし」に支えられ、職人の「手の痕跡」が残され、なぜか「手に馴染む」のである。昨今のマスプロダクトの製品にはない「本当の機能美」に溢れているのだ。
 某テレビの「お宝鑑定」でよく聞く台詞の「いい仕事していますね」なのである。おかしいな、私も20年前に似たような台詞を口ずさんでいたが…。

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05●目利きとは修行、骨董屋は道場
 「骨董屋」と「古道具屋」。なんと心地のよい響きの店だろう。
 一歩、中に入ると心がときめく不思議な空間なのだ。一店一店個性があり、同じような店は二つとない。店の雰囲気、品物の構成、陳列のしかた、店主とのやりとり…。
 私のような青二才でも、学生の頃から各地の店を廻っていると、その店の様々な法則が見えてくる。
 店主の人格が表れている空間なのだ。
 そして、こちらが素人だと、いろいろと失敗する「目利きを鍛える道場」なのだ。
 骨董屋と古道具屋は、全く違う店なのだが、時代のニーズによって変わってしまい、今日ではアンティークという言葉で、その概念があやふやになっている。
 いずれにせよ、主人の目利きの鋭さ、その人柄、蔵出しと正しい仕入れルートを持っているのが、時代に流されない骨董屋や古道具屋の所以なのである。

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06●骨董ブームの変遷、その一
 骨董、古道具、アンティーク。
 これらブームには、大きな波が3回ほどあったと思う。その最初のブームは1970年代。当時を私なりにまとめてみる。
 戦後の高度経済成長が軌道に乗り始め、国民に骨董や古道具を楽しむ余裕ができた頃だ。古くからの骨董屋が復活し、闇市などから勃興した古道具屋などが出現、健在だった時代と言えるだろう。
 当時、神田に骨董デパートがあり、父と一緒によく行ったものだ。とても繁盛していたこのデパートは、実に味わい深かった。5〜6階の古ぼけたビルだったが、各フロアーには、骨董屋と古道具屋がひしめいていた。独特な雰囲気を持っていた各店は、扱う商品のジャンルと時代が明確で、個性的な店主がウロウロしていたのだ。
 一回入ると、半日は出てこられない。極楽なのか地獄なのか…。しかし、20年以上も前の話。寂しいかな、今はもうこのデパートは存在しない。

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07●ブームの変遷、その二
 私のコレクションの守備範囲は、骨董というよりは古道具だ。"アンティーク"というカタカナ言葉は、不思議なもので、古道具というものをお洒落にしてしまう。
 この言葉が流行り始めたのは1980年代。"青山骨董ストリート"が出現した頃だ。バブルへの道を徐々に加速していった時期で、アンティークという一言が、骨董と古道具の世界を大衆化させた。女性の愛好家が激増するのが時代の特徴だ。
 ブームに火をつけたのは女性雑誌だった。TVでは、本放送になったばかりの衛星放送で、アンティークものの番組が試みられ、某局の"お宝番組"のベースとなったイギリス国営放送の長寿番組"アンティーク品評会"が見られるようになった。
 当時のアンティークショップ巡りは、お洒落で楽しかった。しかし、"こんなものまで?"と、首をかしげるほど、あらゆる物を世界各国から輸入し、国内では二束三文で、蔵出しが行われた摩訶不思議な時代…と、評するのは私だけだろうか。

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08●ブームの変遷、その三
 バブルが弾け、もう十年以上たつ。出張や取材の度に、アンティークを扱っているらしき店を訪ね歩くが、ここ数年、この手の店の業態と品揃えに、"ボーダレス感"を覚えることがしばしばある。
 バブル以降のアンティークブームを第三世代とすると、某人気TV番組でおこった「お宝ブーム」を基本にすることができる。「お宝」という新しい言葉が、店の業態と品揃えの傾向を、ボーダレス化させたのだ。
 骨董屋、古道具屋、アンティークショップ以外に、西洋家具屋、西洋雑貨屋、質流れ屋、リサイクルショップ、フリマなどに、骨董、古道具、アンティークを求めることができる時代なのだ。
 お洒落な感じの喫茶店にも、稀に、アンティークコーナーを発見することがある。たいてい、明治以降の食器や西洋アンティークなどを手に入れられるのだ。
 最近のリサイクルショップは侮れない。昨年秋だったと思うが、某ショップを偵察したら、なかなかいい調子の古伊万里や瀬戸があり…一寸、驚いた。

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09●アンティークの定義
 「アンティーク」という言葉の定義をご存知だろうか。「最低でも一世紀経った品々」のことを言う。
 長い歴史が生み出した伝統的な暮らしの品々には、アンティークがあって当然である。特に手仕事によって作られた品々は、職人の心意気が感じ取れるものが多い。
 二百年ほど前の産業革命は、暮らしの品々の生産と流通、消費に、大転換を起こさせた。近代生産技術は、大量の物品を生産し、市場を広げ、世界規模の流通によって、より多くの人々が、購入できることを目指していった。それが、今日のマスプロダクトの母体となったのだ。
 日本が本格的に産業革命を取り入れるのは、明治維新からである。以来、近代工業国への道を突っ走っていくが、この成功も、江戸期に育まれた職人たちの手仕事の技術があったからだ。近代化・機械化されていった明治期にも、これら手仕事による良い品々が健在であった。
 百年ちょっと前の品々は、「和から洋へ」、「手から機械」への転換期のものであり、また、当時の日本人が見たことも聞いたこともない西洋文明そのものが輸入された頃の「モノ」たちなのだ。

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10●ヨーロッパの島国に学ぶ
 イギリスは、言わずと知れたアンティーク王国である。各家庭には、先祖、先代が大切にし愛用した品々が必ずあり、次代へと受け継いでいくことが、その家の誇りである。初めは新品の品々も、1世代・30年で、3〜4世代も受け継がれれば、立派なアンティークだ。
 数多(あまた)ある物品の中から選ぶということは、その人の人格が表れる。大切に愛用し使い込むのはその人自身。暮らしの一部となり、さまざまな人生の思い出を紡いでいく。そんなふうに思うと、オーナーの分身なのかもしれない。
 だから「形見」となる。形見も次代に使われると、また、過去のオーナーの思い出やその意志を生き返らせる。
 物品の文化的、文明的価値などは、そんなに重要ではない。
 要は、初めて使い始めた人物が愛用し、その愛用する微笑ましい姿が、家族たちの幸せの風景となるか…なのだ。
 アンティークは、代々のオーナーたちの人生物語を記憶しているのだ。

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11●人生の通過儀礼のプレゼントに、骨董・アンティークを
 私の父は、子供たちの二十歳と四十歳の人生の節目で、自ら収集した骨董やアンティークを記念として渡している。その時、「もう、この良さが分かる歳だろう。おめでとう」と、必ず一言添えるのだ。
 父も人生の節目で、骨董好きの祖父から、歳相応の骨董の品々を渡されていたのだ。
 私は姉と兄をもつ。3人は小さい頃から、父が収集する足の踏み場もない骨董の山の中で育ってきた。
 不思議なもので、父が言うには、姉弟の個性のように、それぞれ興味を持つジャンルが違うらしい。姉は書画の分野、兄は磁器の器。私はノン・ジャンル…、実際、骨董屋巡りをよくするアンティーク好きだ。
 モノが豊かな時代に育った世代には、古き良きものと出会い、愛用するという趣味は身近でないのが普通だ。そして、品々に託された歴史の知恵を紡ぐ能力も乏しい。
こう考えると、人生の節目で愛用の骨董やアンティークを次代に受け継がせるのも、大切なことなのかもしれない。

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12●産業革命を知るアンティーク「機械モノ分野」
 アンティークの中でも、時計やカメラ、タイプライターなどの機械モノの分野は、知識を必要とし、難しいと思われがちだ。
 しかし、衣服や民具、陶磁器、家具などよりも、その血統や由緒、その生い立ちを遡ることが比較的楽なのである。なぜなら、"産業革命"前後に生まれたものばかりで、歴史が2〜3世紀しかないからだ。
 手仕事で作られるため生産量が少なく、生産地や職人も限られ、改良の年代やその特徴など全貌をつかみやすい。また、当時のハイテクの祭典であった万国博覧会や技術博覧会への出品記録から、機械モノのアンティークの足跡をたどることができる。
 購入・愛用者は、貴族や富豪が殆どだった。経済的に豊かな彼らの中にはコレクターが存在したため、誕生した時から、文献や書物が欧米に残っているのだ。
 暮らしを豊かにするこれら機械モノの品々には、必ず様々な誕生物語、ドラマがある。そんなエピソードとの出会いも"機械モノ・アンティーク"の楽しみのひとつだ。

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13●モノたちとの出会いは「恋愛小説」
 骨董屋やアンティークショップの空間は、不思議な魅力の"輝き"を放っている。
 気に入ったアンティークと、ひょっとした偶然で出会う。目と目があうというか…何かサインを感じるというか。まるで恋人との出会いのようだ。
 その輝きに気づきながらも、手を伸ばすのを我慢する。我慢し、我慢し、限界に達すると触れてしまう。その瞬間から、"恋"の悩みが始まってしまう。
アンティークの楽しみ方は十人十色だ。
 その品物の生い立ちや由緒などを気にかけず、大切に愛用し楽しむのも良し。また、前オーナー像を想像したり、その品々の誕生物語へと遡るなど、様々な物語を紡ぐのも楽しい。
 品々とオーナーの関係を恋愛に例えてみる。前者は、"情熱的な恋愛"のようで、愛は盲目にするという感じか…。後者は、"しなやかな恋愛"の感があり、語り合い、理解し合い…というべきか…。

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14●孫子3代使える名品が少なくなる現代
 昨今、「どうせ買うなら一生モノ」と考え、世界中の名品の中から、吟味して買い物をする人々が増えているという。
 不景気も長く続くと、せっかく稼いだのだから、大切に使わないといけない…と、構えるのは自然なことだ。
 昔ほど"安かろう悪かろう"という言葉も該当しなくなった時代だが、孫子3代まで使える名品が少なくなった。なぜなら、名品を扱う老舗や、それらを生み出したメーカーが業績悪化で倒産し、なくなりつつあるからだ。
 私たちの生活も大きく変わっている。高機能住宅に住み、高性能家電品に囲まれ、ITを駆使して生活している。一世代前の"道具"はお蔵入りとなり、道具の本当の価値や文化が見えづらくなる。
 そんな時代に、名品を吟味して手に入れることは、とても"文化的な行為"と言えないだろうか。暮らしの中で大切に使い、道具に時代が付いていく。思い出も綴られ、子や孫へと受け継がれる。一家の物語を語る立派な"アンティーク"となっていく。

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15●骨董道、最初は誰でも素人なのです
 「骨董屋や古道具屋に入りたいけど、難しそうで」という声をよく聞く。興味はあっても知識がない、知識がないと新物(あらもの)を掴まされ、損をしてしまう…と思うのも仕方がない。
 骨董、古道具、アンティークを手に入れ、"楽しむ"文化的な遊びでは、"損得勘定"は抜きでいきたい。最初は誰でも素人。私も大笑いの失敗がいくつかあるが、有名な鑑定士も最初は失敗をしているのだ。
 とにかく買うこと。気に入って手にするのだから、「新物であろうが関係ない」と大きく構えるのだ。
 では、買い物のコツ、その一。最初に入った一軒で、すぐ買うのは我慢する。同じジャンルのモノを探しに、他のお店へも足を運ぶ。品物の状態をよく見て、値段をチェック。数軒廻れば相場が見え、多くの候補と出会うことになる。その中から欲しい逸品を選ぶと"当たり"の確率が上がる。
 アンティークを楽しむことは、文化や歴史と接する切っ掛けとなり、暮らしに精神的な豊かさをもたらす。そんな暮らしにデビューしてみては…。

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16●粋なプレゼントに「印判手の器」は如何
 アンティーク、古道具、骨董が持つ雰囲気に惹かれ、自分の部屋にあってもいいかな…と思っている方が結構いる。品々と出会う機会はあるが、所有し愛用する楽しい世界への切っ掛けがないだけだ。
 一昔前、我が家で開くパーティなどで、一寸したプレゼント用に、古い小皿や湯呑みなどを用意していた。愛用してくれそうな方に差し上げるのだ。その後、「アンティークへの興味が広がり、いろいろ集め始めた」と…嬉しい話を聞く。
 プレゼント用のアンティークとして、印判手の器などを、出張や取材の合間に手に入れている。大正から昭和初期の落ち着いた色合いのものを"組買"するのだ。
 では、買い物のコツ。骨董屋や古道具屋では、値切るのが正しい買い物の仕方である。気に入ったものがあったら、心の中に予算ラインを引く。値切りのため、傷の有無を確認し、揃いモノであれば、数が揃っているかなどをチェック。昨今の不景気で値切りも難しいが、二割引きからスタートすること。手強いときは、"組買"をするからと詰め寄り、それでもだめなら"オマケ"を…。肝要なのは、主人の顔色を窺いながら、品良く値切ることだ。

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17●侮るべからず、リサイクルショップ
 ここ数年、リサイクルショップを見かけたら中を覗くようにしている。骨董屋、アンティークショップの雰囲気とは、一味も二味も違うが、場合によっては古道具屋のような店もあり、掘り出し物と出会うことがある。
 先日も、知人からリサイクルショップか古道具屋を紹介してくれないか…という問い合わせがあった。友人のご主人が亡くなったようで、ご子息たちは古いものに興味がないらしく、家財道具を整理したいとのことだった。現代風の「蔵出し」である。
 骨董というと、どうしても「幕末以前の品々でなければならない…」となってしまう。核家族化して久しいこの時代、一般のお宅の蔵出しでは、古くても明治期のものしかない。ところが、よく考えてみると、よほどの名品・逸品以外は、陶磁器にしても、家具や民具にしても、江戸後期に産地が増え、大衆化したものが殆どなのだ。
 明治期の品々を馬鹿にする声をよく聞くが、これら江戸後期の匠によって支えられていた時代が明治であり、実用的で良い品々が豊富なのだ。現代風蔵出しに励むリサイクルショップに顔を出す理由は、こんなところにある。

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18●骨董屋の三大チェックポイント
 骨董屋、古道具屋、アンティークショップを巡り歩く私は、店をチェックするための三大項目がある。
 まず、「主人の目利きの鋭さ」だ。オーナーの目利きのレベルは、品々の素性や履歴の情報レベルを決定し、鑑定が正しいかどうかを左右してしまう。鑑定のレベルが高いと、高嶺の花の骨董品。一方、間違った目利きで、こちらがその上をいくと、掘り出し物が手に入る。お客の目利きを得意とする方もいる。先日、伊那の骨董屋での笑い話。私の顔をしげしげと見て「青山の骨董屋のオーナーでしょ」などと目利きされてしまった。
 次に、「主人の気風のよさ」である。買い物交渉の展開を楽しめるか、気持ちいい買い物ができるのか…オーナーの気風のよさにかかっている。
 そして、「蔵出し」をしていて、「正しい仕入れのルート」を持っているかだ。店に並んでいる品々が回転し、新たなアンティークとの出会いがある。同じ店に通うと、仕入れのルートと仕入れ日が分かってくる。その日を狙って足を運ぶと、ダンボール箱単位の品々を、破格値で手に入れることができるのだ。

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19●掘り出し物発見センサー搭載の私
 全国各地への出張の度に骨董屋、古道具屋、アンティークショップを訪ね歩いてきたが、これから何軒の店を巡るのだろうか。いろいろな店を見てきて感じるのは、店構えと品々の陳列の仕方と、掘り出し物と出会う可能性に、何かしらの法則があるということだ。
 地方で妙に小奇麗な店と巡り合うと、私の掘り出し物センサーの数値が低くなる。店に入る前に品物の構成がほぼ予想できるからだ。このタイプの店は、蔵出しや市での仕入れが少なく、業者間の取り引きが多い場合がほとんどだ。青山の骨董屋を目指すのは分かるが、メジャーな品々や骨董道の王道を行く高価な品々でなく、地方性豊かな逸品と出会いたいと考えるのは私だけだろうか。
 物が溢れかえり店頭にも数多く陳列し、ワゴンコーナーなどがある店も見かける。仕入れたままで、ダンボールに器が積み重なり、足の踏み場もない雑然とした店内。あまりにもひどいと、買い物の気分も飛んでしまうかもしれない。ところが不思議なものだ。こんな店こそ掘り出し物発見センサーが働き、触手が動いてしまうのだ。足元のダンボールからチェックすると、面白い逸品と遭遇することがある。

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20●博物館や資料館、美術館も「目利きを鍛える場」
 暇があると博物館や資料館、美術館に足を運ぶ。特に、陶磁器や歴史的民具、西洋アンティークなどの特別展、企画展の情報をチェックし、逸品を見るようにする。ケース越しではあるが、目利きの訓練と思っている。
 日常、私たちは"それなりのもの"に囲まれて暮らしている。しかし、良いものを見ることで、なぜ、それなりでしかないのか、が分かるようになる。当たり前なことだが、価値観を転換し審美眼を得るためには、古く美しい逸品を見るしかないのだ。
 古いものの中から生活に合ったものを見出すのは、利休以来の日本人の伝統なのだと説いているのは、私の大好きな白洲正子だ。彼女の著『器つれづれ』の中で、「現代は独創ばやりの世の中だが、現代を支えているのが過去ならば、先ず古く美しい形をつかまねば、新しいものが見える道理はない。こんな自明のことを皆わすれている」と嘆いている。
 私たちはいつの間にか現代消費社会の"それなりのもの"の中に、どっぷりと浸かっている。古く美しいものを身近に置き、愛情を持って使う暮らしは、精神的に、また、文化的に潤いを与え、審美眼を育てていく。

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21●私の骨董屋デビューは小学校1年生の頃
 私の骨董屋デビューは、上田にある父の行きつけの骨董屋で、小学校1年生の頃である。父の誕生日プレゼントを何にするか悩んだ挙句、骨董屋に一人乗り込み、古伊万里・平底の蕎麦猪口一客を50円で手に入れた。少々の傷があったが、白地に藍色のススキ文様が美しかった。常連客の息子へのサービス価格だったのか、父に話をしたら、安い買い物をしたなと、感心していたのを覚えている。もう35年も前の話だ。
 記憶をたどりながら、古伊万里の蕎麦猪口の価格について考えてみる。1970年代中頃、5客で2500円ほどだった。以後、うなぎ登り。バブル絶頂期、東京と京都で見た価格では5客5万円、地方の骨董屋で3万円ほどだった。地方と中央の価格差も接近し、今日、同様のものを買うとすると1万円は下らない。
 この間、幾度かの骨董ブームが起き、品物の数が減ってしまったことにも原因がある。しかし35年間で値が200倍である。骨董という奥深い趣味も、経済活動の餌食にされてしまったのだ。

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22●白洲次郎・正子夫妻の旧白洲邸『武相荘ミュージアム』
 ここ数年、骨董ブームが"プチ再来"と言われている。
 骨董市が至る所で開かれ、骨董の学校や、通信教育講座などが流行ったりしている。趣味のレベルのものから、プロクラスのものまで、様々な出会いの機会が増えてきた。有り難いことである。
 骨董好きの方ならご存知かと思うが、骨董をこよなく愛した白洲次郎・正子夫妻の旧白洲邸『武相荘』が、ミュージアムとして公開された。5年程前の話だ。ご令嬢夫妻が、遺志を継ぐというかたちで整備されたと聞く。
 先日、友人の骨董好きのライターが、東京出張の折に骨董が楽しめる良い所はないかと電話をしてきた。すかさず武相荘を勧め、白洲夫妻の暮らしぶりや、夫妻の友人たちが文学や骨董談義に花を咲かせた旧邸宅を、時間をかけて楽しんできたらと、アドバイスをした。
 後日、彼女に感想を聞く。「中高年の女性がいっぱいでビックリ。じっくりなんて、とてもとても」と冷たい答え。
 ブームの再来も、痛し痒しか…。

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23●コレクターに陥る性格とは
 アンティークにのめり込むタイプの人々には共通点がある。なにかとコレクションしてしまい、自然にコレクターとなってしまった凝り性な方だ。
 コレクションのスタートには、対象のモノに対する相当な愛着と、どのようにして生まれたのか?種類は?進化の足跡は?などの好奇心と探究心がなければならない。数多くのモノと出会いはじめると、自然と目利きになっていく。
 コレクション入門でよく挙がるジャンルは、切手、コイン、ワインラベル、シネマパンフなどである。しかし、深入りは禁物。そこそこのコレクションのボリュームで入門したい。身の回りの環境、特に、伴侶の理解力にその成否の全てがあるのだ。
 実はこの行為、サイエンスなのである。恐竜ブームの頃、分類学と系統学という言葉を耳にしたかもしれないが、種類を分類し、進化を遡るための学問である。自然科学の基本なのだが、人間が生み出した文化や文明、様々な文物も対象となる。数多く存在し、進化するものであれば応用できるのである。コレクションとは知的な遊びのひとつなのだ。

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24●骨董入門に小型の和箪笥は如何
 骨董やアンティークのジャンルの中で、人気が高いものの一つに家具がある。家を新築したり購入する際に、インテリアに興味をもつご婦人方が、古い家具を探すというのが定番だ。最近、骨董屋で聞いた話では、若者が時代の付いたちゃぶ台を探しにくるという。和風家具の復権なのだろうか。
 真新しい生活空間の一角に、使い込まれた家具を置く。新旧のコントラストが、暮らしに楽しさと面白さを与える。匠が作りだした家具の姿は、先人の知恵の気配を漂わせ、忙しい現代人を癒す波動を放ってくれるのだろう。
 古い家具を手に入れるということは、相当な勇気が必要だ。オーナーのセンスを映し出し、その空間を支配してしまう家具は、一生モノの暮らしの道具。選ぶのに慎重になるのは当たり前なこと。
 ならば、箪笥、食卓などの大型家具は、納得のいく今の物を手に入れ、骨董・アンティークの家具は、和箪笥の小型のものから入門するというのは如何だろう。座って暮らす文化の我が国の家具は、小型のものを得意としているからだ。

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25●「巡回」はハラハラ
 「巡回」と称し、何か掘り出し物はないかと、骨董屋やアンティークショップをチェックしている。店の仕入れ日は、月に2〜3回程なので、こちらも、そのスケジュールとなる。何が欲しいという目的はないのだが、「面白いもの」や「良いもの」と出会うと、まれに、衝動買いをしてしまう。
 「面白いもの」、「良いもの」という表現は、心のヒダに潜む、使ってみたいという独占欲に火をつけてしまう厄介な品々を指し、買う予定もなかった自分に、無理矢理「肯定的」に納得させる言葉なのである。「気に入った」という意味でしかないのだ。不思議なのは、未体験の新しいジャンルの品々の場合が多いことだ。
 その後、ハマッてコレクションの道に転げ落ちるという恐ろしい展開になるか、はたまた、しばらく愛用してインテリアとなるかは、運次第だ。運を決めるのは、探求する為に必要な教科書が入手できるか、また、その品が多い店に出会えるか、そして、詳しい仲間と知り合えるかという3要素にかかっている。が、数年たってから、突然この条件が揃う場合もある。なかなか、大変な趣味なのである。

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26●骨董屋の「老舗」と付き合う良さ
 数多ある骨董屋の中に「老舗」というものがある。私なりの分類では「正統派・骨董屋」と呼び、それなりに構えた顔つきで出入りをしている。
 この正統派・骨董屋の特徴は、まず、古都や地方城下町の古い街並みにあり、美しく陳列された店頭で、知識が豊富な従業員が必ずいる。ケースの中には、骨董の書籍に出てくるような正しい陶磁器などが並び、しかも完品なのだ。店の奥にはお宝が隠されていると思われる座敷があり、店頭と奥の座敷の間には、お茶がサービスされるサロン的な空間がある。不思議なもので、こちらが店内を一回りした頃に、主人らしき紳士が登場するのだ。その主人の殆どは三、四代目で、若い時に京都の老舗骨董屋で、住み込み修行を経験している。
 正統派・骨董屋というと敷居が高いかとお思いだろう。確かに、一見さんの素人にはつれない店もある。しかし、勇気を出し勉強のつもりで覗くことをお勧めする。なぜなら、骨董屋でのマナーから始まり、陶磁器の基本知識などを学べる店もあるからだ。知ったかぶりをせず品良く質問すれば、将来のお客さんとして親切に教えてくれる。正統派・骨董屋の良いところである。

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27●骨董入門の基本「お店でのマナー」
 アンティークショップや骨董店を巡る際にはマナーがある。骨董を愛する心は、世界共通の知的で文化的な趣味であり、マナーを身に付けておけば各国で通用するのだ。では、私なりの"骨董屋でのマナー"をまとめてみる。
 アンティーク、古美術・骨董店は、趣味、同好の人々の店で、一般の店とは趣が異なる。"お客だ"という意識でなく、教えを請うという気持ちで、礼儀正しく挨拶をしたい。
 次に、カバン等の手荷物は必ず隅に置くか、持って入店しないことだ。荷物が品物に触れ、品物が壊れる危険性があるので注意したい。
 そして、店主に一言断ってから品物を拝見すること。決して黙って触ってはいけない。当たり前なことだが、ものを大切にする心が重要なのだ。骨董品は普通の商品と違い、壊れやすく、高価なものが多く、しかも一品限りということを忘れてはいけない。陶磁器のひびを確認するため"コン"と叩く等はもっての外。
 さらに、一通り品物を見て、買いたいと思ったものだけ、値段を聞くようにする。
 最後に、"授業料"として、いろいろ教えてくれる骨董屋の店主に感謝を込め、時には買える範囲で何かを買おう。

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28●「玉石混淆」の楽しさ、骨董フェアやフリマ
 東京、京都、名古屋では古くから骨董市が開催され、有名な骨董フェアも多い。県内では、各地のフリーマーケットの中で、骨董やアンティーク業者が出店しているが、観光地のイベントの1メニューとして、小規模ながらも見かけるようになった。
 なぜ骨董市なのかというと、店主の個性が表れた様々な露店がひしめき合い、まさに「玉石混淆」が楽しめるからだ。
 どんなものと出会うか、何が飛び出すかわからないので、軍資金はある程度の額を持参する必要があるかもしれない。また、骨董やアンティークの基本的な知識と、幅広いジャンルを知っているほうがより楽しめるだろう。しかし、ビギナーでも大丈夫だ。ジャンルを決め、欲しいものを明確にして乗り込めばいいのだ。
 「玉」を見つけ出すか、「石」を拾ってしまうか、店主との駆け引きの面白さ、数々の露店が織り成す会場の雰囲気など、実に楽しい一時は、より骨董、アンティークの世界へと導くはずである。最近は骨董ブーム再来で、人出が多すぎ大変な状況の場合もあるが、チャンスがあれば、是非、足を運んでみては如何だろうか。

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29●漆器が「買い」の今日
 ここ数年、漆器が「買い」なのである。骨董屋を巡っていると、リーズナブルな値の器とよく出会う。バブル以降、骨董陶磁器が高値維持、相対的に漆器の値が安いままになり、もう10年以上たっている。
 漆器は陶磁器よりも扱いにくいとよく聞くが、それは誤解だ。
 使い終わったらぬるま湯でさっと洗い、布でから拭きしておけばよいのである。キズがあると気をつけなければいけないが、それほど問題ないのだ。
 漆文化は日本独特のもので、既に縄文時代にあった。最古の漆塗り製品は、能登半島・田鶴浜町の三引遺跡から出土した竪櫛で、また、我が国最大級の縄文集落跡・青森県の三内丸山遺跡でも漆器が発見されたのだ。一緒に見つかった漆の種のDNA追跡調査を行ったら国産漆であることがわかり、それまでの中国伝来という説を覆したのである。
 縄文時代まで遡り、約6800年の歴史を持つ漆器。「japan」と呼ばれるのも納得できるであろう。
 この機会に、付き合ってみては如何だろうか。傷の少ないばら売りの器が入門に最適なのだ。漆器独特の温かさが、手に心地良いはずである。

感染してから発病まで、あっという間の
「骨董・アンティーク症候群」

 私がよく顔を出す骨董屋、高遠町の「大信」の店内。一歩、店内に入ると心がときめくのだ。特に大信は、ご主人の話が楽しくて仕方がないのである。
 ここに限らず、骨董屋・アンティークショップは、さまざまな時代のスクランブル交差点、本当に不思議な空間と思う。

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