写真ギャラリー5 「那覇路地散策」(1995年の作品 沖縄・那覇でのストリートフォト)
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 1995年のストリート・フォトである。この年、沖縄の文化施設の仕事が多く、ホテルに1月ほど缶詰にさせれらたのである。不機嫌な顔をしながらも、うれしくてたまらなかった。
 那覇の路上観察は、本当に面白く、海人との交流は今でも心地よいのだ。
 国際通りや平和通、まちぐゎーと呼ばれる牧志公設市場のなんともいえぬ空気…。カメラを持って、分からぬ路地に入り込み、あえて迷うように散策した。

 迷えば迷うほど、ここは日本ではないと、感じる。
 本来のアジアと思う。
 その昔、東南アジア方面から日本に海のシルクロードと呼ばれる文化交流の道すじがあったらしい。
 アジアの交流点・沖縄。

 猫の鳴き声を聞いてみると、どことなく方言があるような気がする。

 それにしても、お酒、音楽、民謡、食べもの、料理、全てが違うが、それは見た目のようだ。はるか彼方に九州の文化が見えてくる。



 西南諸島を日本列島として考えたとき、南シナ海は日本海のような役目があるのでは…と感じてしまう。
 季節の風に乗って、九州と沖縄の人々の交流があった。その九州文化が瀬戸内を東に伝わっていく。直接、黒潮に乗って四国や紀伊半島を経由してやってきたものもあるだろう。
 身近なものに、沖縄の文化を見出せるかも知れない。意外と簡単に見つかるのではないだろうか。

 この辺りは、戦前までは淋しい湿地地帯だったという。戦後、旧市街地が米軍に接収されたため、ここにバラックや闇市場が自然発生的にでき始め、やがて一大商店街となった。
 雑草が茂った路地を入ると墓地に出た。その頃の墓か…ふと見るとビル群のど真ん中だった。