ご覧のアンティークは、「明治期の欅の用箪笥」である。二十年ほど前、上田市の今はなき理髪屋が主人という古道具屋にあったものを手に入れた。
 用箪笥とは、小型箪笥の一種で、実用面を追及した整理箪笥のことだ。生活に関わる重要な書類や小物を収納するために使われていた。
 暮らしに溶け込んだ箪笥の歴史を遡ると、その歴史が意外と短いことに驚く。奈良の正倉院には、螺鈿や蒔絵を施した豪華な抽斗(ひきだし)や箪笥などの収納家具が残されている。しかし、これらは豊富な衣装や文物を所有していた貴族階級が使ったものだ。
 民衆が使う箪笥が登場する最も古い史料は、1679年の「難波鶴」という文献で、大阪の心斎橋筋に箪笥屋があったらしい。当時の大阪は、今の東京のような存在であった。日常会話に使う「くだらない」という言葉は、「大阪から江戸に下らないものは、一流でないどうでもいいもの」の意味で、いかに大阪が一流商品を送り出し、文化芸術をリードする流行の商都だったかがわかる。
 箪笥が普及するには、社会的要素が揃わなければならない。戦国期の大名領国で行われた富国強兵を目的とした地場産業の育成によって、手工業の生産性が向上する。城を築くために、林業、製材技術、木工技術が発達し、職人が増加する。同時に街道・運河などの交通網が整備され、城下町の商工業が盛んになった。各地で木綿産地が増加すると、庶民用の衣服が多様化し普及され、十七世紀中頃から十八世紀に、民衆もようやく多少の余剰物を持てるようになった。その結果、はじめて民衆の生活用具として箪笥が登場したのだ。
 今日、古道具屋で手に入る古い箪笥の殆どは、幕末から明治期にかけて産地が増え、さらに大衆化したときのものなのである。
 箪笥は入れるものによって種々様々あるが、大まかに分類すると一般用と職業用に二分される。一般用は衣裳用、飲食関連用、整理用(階段箪笥や小型箪笥)であり、職業用では船箪笥、帳箱、懸硯、薬箪笥、面箪笥、道具箪笥などが挙げられる。
 この用箪笥の材は欅で、狂いがない良い仕事をしている。金具は素朴なデザインで厚手の銅を使い、朱漆で仕上げられた表面は、煤などで時代が付き黒ずんでしまっているが、所有者が使い込んだ跡が年輪として刻まれているのだ。
 面白いことに、「尽類」、「社類」、「村」、「役類」、「赤」、「郵便」、「諸書類」、「近時借用証尽類」など墨書きが抽斗に残っている。古道具は時として新しいオーナーを名探偵にさせてしまう。この用箪笥も歴史と文化の迷宮へと誘ってくれる。
 想像力を豊かに推理する。「尽類」とは「近時借用証尽類」という記述とともに考えると、かつてあった相互銀行のルーツ、民衆金融の「無尽」に関する書類なのであろう。また、「赤」は今日でいう不良債権の証書のことだろうか。書かれた文字から、無尽の役員をやるなど豪商の家柄が想像でき、当時の暮らしが垣間見えるのだ。
 この用箪笥を私はフライフィッシングの毛鉤の材料を整理するために使っている。
 私の住処の古民家は、標高900mの真田町の大日向という集落にある。すぐ傍には、菅平高原に聳える四阿山を源流とする神川の清流が流れ、首都圏でも名の通る岩魚釣りの名所だ。十五年ほど前に、著名フライフィッシャーの高橋健一氏に誘われ、四国の面河川や四万十川の源流でフライフィッシングを覚えたが、この場所は岩魚たちとゆっくりと遊べる理想郷なのだ。
 釣りに行った夜には、その日に釣った岩魚の塩焼きを肴に一杯呑む。良い調子になったころ補充の毛鉤を巻くのだが、この用箪笥がないと何も始まらない。

#021●明治期の欅の用箪笥
          抽斗の墨書きが当時の暮らしを伝える