ご覧のアンティークは、幕末期の「瀬戸徳利」である。
 20年ほど前、しなの鉄道・屋代駅に程近い骨董屋で手に入れた。梅を描いた筆の流れと、葉をイメージさせる黒緑色の斑文のコンビネーションがモダンで、殆ど一目惚れだった。
 酒を嗜み始め20数年経ち、様々な徳利と杯がある。それらと比べながら、この徳利を使ってみると、なぜ買ったのか、改めて納得できる。大振りでシンプルな形、手取りもよく、ベタ底の安定感、そして、何よりも酒がスイスイと注ぎ出される口。若さに任せグイグイと呑んでいた時代が蘇ってくる。
 ところで、梅の絵付けの景色となっている黒緑色の斑文を「胆礬(たんぱん)」という。黄瀬戸に見られる銅発色のことで、織部焼にも施されている。偶然から生まれた緑色の釉薬・胆礬釉(たんぱんぐすり)によって深い緑色を呈し、鉄釉の焦げ色の黒色を、景色としてわざわざ斑文を表すようになった。
 瀬戸と美濃で焼かれていた「黄瀬戸」や「織部焼」という名を聞いたことがあるだろうか。黄瀬戸は室町時代の末期に生まれ、茶会席の器、向付、鉢、花入、香合や酒杯などの傑作を残した。原料、窯、焚き方の違いで、大きく二つに分けられる。
 一つは薄づくりで柚子肌の黄釉が美しい「油揚げ手」。ざらっとした手触りの柚子肌、光沢が鈍く釉薬が素地に浸透し、油揚げのような濃い黄色を呈している。多くの場合、菊や桜や桐の印花が押されていたり、菖蒲、梅、秋草、大根などの線彫り文様が施され、胆礬の景色が美しい。
 もう一つは、肉厚で文様が少ないものが多く、菊型や菊花文の小皿に代表される「菊皿手」だ。菊皿手は、六角形のぐい呑みが茶人に好まれたことから「ぐい呑み手」などと呼ばれている。
 織部焼は、桃山時代に古田織部の指導で焼かれた焼物で、白化粧地に鉄釉で絵文様を施し、緑釉を掛けた斬新で軽妙な意匠が中心となる。
 如何だろう。幕末の徳利なのだが、黄瀬戸と織部の面影が残り、なかなか味わいのある一品と思っている。
 さて話はそれるが、ここ数年、呑み屋で徳利とぐい呑みを使う機会が減少したと思うのは、私だけだろうか。
 地酒ブームになってから、グラスで呑むことが多いからだ。酒器で銘酒をやりたいが、少々、寂しい時代になったものだ。
 日々の晩酌で愛用する徳利と猪口などの「酒器」は、我が国では、日本酒の醸造の歴史とともに、時代を下りながら錫、陶磁器、漆器、ガラスなどを使った多様なものを生み出した。酒の文化は国そのもので、長い歴史を持っているのだ。
 旨い酒にこだわるのなら、酒器もこだわってみたら如何だろう。

#020●黄瀬戸と織部の面影が残る・・・幕末・瀬戸徳利