久々に紹介するアンティークは、1920年製の「コダックNo.2フォールディング・オートグラフィック・ブローニー」というカメラである。
 写真が発明されたのは1839年のこと。以来50年間は、金属やガラス板をベースとした銀板・湿板・乾板というフィルムと同じ役割を担う"感光板"に写していた。銀板や湿板は聞きなれない言葉だが、乾板だったら耳にしたことがあるのではないだろうか。戦前の写真の殆どは乾板で、蔵の中に残っていることが多い。蔵をお持ちの方々はチェックしたら如何だろう。
 この"感光板"は、一枚一枚入れ替えて撮影し、重くかさばり、カメラも、木組みで確かな作りでないと、感光板を確実に装着できなかった。旅に持ち歩くのも大荷物で大変苦労をしたという。当時カメラの殆どは、木工職人の精緻な細工で作られ、革職人が蛇腹を担当した"工芸品"の一種だったのだ。
 19世紀の終わり、アメリカ産業革命の最盛期、ある一人の男が壮大な夢を描くのである。それは、写真師や学者、富豪のものでしかなかった写真機を、「誰でも購入でき、簡単に撮影できないだろうか…」と。コダックの創設者、ジョージ・イーストマンだった。彼は、フランク・A・ブローネルの協力を得て、1888年、世界初のロールフィルム・カメラ"ザ・コダック"を発売し、その夢を実現したのだ。発売に際しては「あなたはシャッターを押すだけ。あとはコダックが引き受けます」と宣伝し、現像やプリントをフィルムメーカーが行うシステムを確立。翌年には、セルロイド・ベースの写真フィルムの製造を開始する。今日のフィルムと現像ショップのルーツは、120年以上の歴史をもっていたのだ。
 イーストマンとブローネルは研究と改良を重ね、折畳式でポケットに入る大きさのカメラ、コダックNo.1フォールディング・ポケット・コダックを1898年に発表。気軽に撮影でき、旅にも持っていける世界初のポケットカメラは、大ベストセラーとなり、更なる改良を施し、1920年に、ご覧のカメラが誕生する。
20年程前、アメリカのお土産として戴いたが、アンティークショップに10ドルで売っていたらしい。
 弁当箱に蛇腹がついただけの簡素なデザインだが、なんともいえぬ雰囲気がある。履歴を調べると、半木製・半金属製のコダックNo.1フォールディングの後継機として、オール金属製でデビューしたカメラだとわかった。
 カメラの裏側に、小さな蓋と鉄筆のようなものが装備されている。不思議だなと思い文献を読みあさると、なんと"手書きデート・システム"だった。
当時、オートグラフィック・ブローニーという6p幅のフィルムがあったという。フィルムと遮光巻紙の間にカーボン転写紙を挟みこみ、小さな裏蓋を開けて、日付や場所、撮影者のサインなどを鉄筆で書き込む。み、直射日光に数秒当て、その文字をフィルムに焼きこんだという。
 今では写真に日付が入るのは当たり前だ。しかし、大正時代に"デート機能"が既に存在していたという事実には本当に驚いた。
 リバーサルやモノクロのブローニフィルムを入れて、旅の同伴となるカメラだが、実にやわらかく味わいのある作品が撮れるのだ。
 このカメラとの出会い以来、アンティーク・カメラ菌に感染し、病もかなりの末期症状。どなたか、この病気のワクチンをご存知ないだろうか。そして、治していただきたいと思うのだが…。

#019●コダックNo.2フォールディング・オートグラフィツク・ブローニー