ご覧のアンティークは、19世紀中ごろの「懐中時計」である。私の父が18年前に国際学会の出張で、ポーランドのクラクフの骨董屋で手に入れたものだ。私の四十歳という人生の節目で、記念として父から受け継いだ。
 クラクフはポーランドの南部にあり、17世紀初頭までポーランド大国の首都として繁栄した都市だ。ポーランドで最も古い歴史をもつヤロゲ大学があり、その周辺にはアンティークショップが数多くあるという。日本では、古都・京都の京都大学がある百万遍周辺の骨董屋というところか…。
 時計コレクター人口は、意外と多い。趣のあるデザインや、歴史あるブランドの虜になったり、はたまた、ファッションセンスを表現するためのお洒落な小道具として、人々から愛されているからだろう。
 そもそも、"時"という言葉には、不思議な魅力がある。同じ一分でも、長く感じたり、短く思ったり、また、永遠に止まってくれ…と、叫びたいときもある。自分の意志で"時"をコントロールできるなら、"時空"を越えて、未来へといってみたいと思い、子供の頃に戻りたいとも思う。
 時計の魅力とは、その不思議な力を持つ"時"を刻むからだろう。
 ところで、時計の歴史をご存知だろうか。
 機械式時計が出現したのは、今から7世紀ほど遡る13世紀末のヨーロッパの修道院といわれている。その原理は、紐に吊るした重錘(おもり)が落下する力を、歯車と脱進装置、時間を調整するテンプという装置で、一定の時間で落下するように調整するというものだった。15世紀中期には、画期的なゼンマイ式の機械式時計が誕生したといわれる。置時計などが生活の中に登場するのだ。時代は移ろい、大航海時代の18世紀中頃、フランスの時計師がクロノメーター(高精度時計)を発明。携帯型時計・懐中時計のルーツとなった。そして、産業革命を経て、スイスなどの製造地が生まれ、次第に普及していくのだ。
 ご覧のように、ケースは銀無垢細工で、文字盤は七宝だ。文字盤には、丁寧な仕事の文様があり、金と銀の花の意匠は、可愛らしさを添えている。裏側には、18世紀頃のヨーロッパの家具や建物に使われた意匠が、繊細な放射状の円形格子上に、手彫りされている。
 表のガラス面と裏蓋は蝶番で開閉でき、裏蓋を開けると、その内側には、銀の純度を示す刻印がある。シリアルナンバーらしき番号は、♯22831。
 機械室の蓋に視線を注ぐ。フランス語で6石ルビー(軸受けに使う石の数)とあり、製作者か製造工房を示す"Cyliad'c"という刻印。様々な資料で調べたが、製造元が不明のままだ。
 時計のゼンマイは、専用の鍵を使うが、こちらも銀製。鍵穴が機械室の蓋に二つあり、中央が時間合わせのもので、もうひとつの方でゼンマイを巻く。ムーブメントは、バームーブメント(主要な軸受けを棒状のフレームで固定した櫛状の機械部)、脱進機、ゼンマイの巻き方などの特徴から、19世紀中頃のものとわかる。
ムーブメントのシリアルナンバーは、♯2311・45だ。変だな、ケースは別物か?…と頭をかしげながら、機械室の蓋を閉じ、ゼンマイを巻くと、小さな時計が息を吹き返す。
 時を刻む音が心地よい。チェロの音色を髣髴させるのだ。この音を聞いていると、時計が誕生した当時のヨーロッパや、父が訪ねたポーランドやクラクフへと思いが馳せる。

#017●19世紀中期 純銀・七宝"懐中時計"