#036●珈琲ミル・1950年代初頭。
        鋳物の重厚感が珈琲の香りを連想させる

 暮らしで使う道具に興味がわくと、私の場合、たいていルーツを遡り始める。すると、古道具という分野に入り込み、気が付けば骨董やアンティークの世界に辿り着く。そして、道具を生んだ人々に思いを馳せるのだ。古い道具を使うと、よくできているな―という発見が多い。時代を遡るほど感心する。道具が誕生するとき、意匠は機能と一体化している。時代を下るほど意匠は機能から離れ一つの価値を持ち始める。昨今、ユニバーサルデザインという言葉を聞くが、一人歩きしていた意匠を見直すいい機会になると思う。
 さて、ご覧のアンティークは、1950年代初頭の「珈琲ミル」である。
 仕事中に飲むものは緑茶、紅茶などの時もあるが、どちらかというと珈琲派である。多い日には10杯以上飲んでいるだろうか。
 そんな話をどこかで聞きつけたのか、菅平の知人がこの珈琲ミルを持ってきた。彼曰く「珈琲好きで、古道具に精通している人に使ってもらいたい」とのこと。菅平に住んでいた大正生まれの芸術家の形見という。戦時中、菅平に疎開してそのまま住み着いてしまった人らしい。
 今から40数年前、知人がこの芸術家の家に行くと、必ずこの珈琲ミルを使い一杯の香り高い珈琲でもてなされた。当時、レギュラー珈琲が飲めた店は、菅平に一軒しかなかったというから、自宅で楽しむことなどは、夢のような話だったらしい。
 ところで、珈琲ミルにもいろいろな種類があるのをご存知だろうか。歴史を遡ると現在のミルが誕生するまでは、鉢と金属棒や石臼で豆を挽いていた。エチオピアでは珈琲の作法に、鉢と金属棒を使って豆を潰すというスタイルが残っている。
 石臼構造から生まれたのが、グラインディング・ミルと呼ばれ、箱の上に水平回転のレバーが付いているタイプで良く見かけると思う。歯のついた上下の2つの臼間に入ってくる豆を、上の臼が回転して砕く。比較的リーズナブルで、挽ける粒径の幅が広いので入門用に最適だ。
 菅平から嫁いできたミルは、カッティング・ミルという形式のものだ。いくつもの刃がついた2枚の円盤を垂直に向かい合わせ、片方を回転させながら、刃と刃の間で豆を切っていく。挽ける粒径が均一で、摩擦熱の発生も少なく香りが逃げないので、珈琲好きやプロが使っている。
 もう一つ、ミキサー・ミルというものがある。いわゆるフードプロセッサーをコーヒー豆に改良したもので、ミルの仲間の中では新参者だ。安く手に入り、挽いている最中の香りはいいが、熱を帯びやすく風味が落ちるので使いづらいのである。
 珈琲好きが一番大切にするミル。実は、風味を決める肝心要の道具なのだ。