#035●多治見の骨董屋で見つけた飽きのこない晩酌の相棒
           江戸後期・瀬戸ぐい呑み

 ご覧の骨董は、江戸後期の「瀬戸ぐい呑み」である。
 20数年前、取材で訪れた岐阜の多治見駅に程近い骨董屋で見つけ、手に入れたものだ。
 当時は、駅周辺に何軒かの骨董屋があったのだが、平成になって駅ビルも新しくなり、焼き物の町という雰囲気が薄らいだ感がある。
 ご覧の通り、白い土に灰釉(かいゆう)が掛かった肌には、細かい貫入(かんにゅう)が走っている。2ヵ所の傷は、木曽の漆職人に金繕(きんつくろ)いしてもらった。やさしく黄みがかった肌合いは、使い込めば時代がつくはずだ。しっかりしていて手取りもよく、見た目より軽い。何よりも衒(てら)って作っていないのが良い。飽きのこない素朴な温かみがある。
 ぐい呑みには、それなりの歴史がある。我が国では桃山後期から現れ、懐石料理の器の一つで、向付から酒器に転用されたものだ。
 古い瀬戸のぐい呑みは、黄瀬戸釉や鉄釉を掛けた六角形のものが代表的で、「ぐい呑み手」と呼ばれ、室町時代の末期に生まれた。意識的にギヤマンをまねたものもある。
 唐津にもよいぐい呑みが多く、骨董陶磁器ファンの垂涎の的。帆柱窯(ほばしらがま)や皿屋窯で焼かれた斑(まだら)唐津のものが珍重され、絵唐津、無地唐津、皮鯨(ひげい)などもある。その他では福岡県の古高取や鹿児島の白薩摩が有名だ。
 一方、朝鮮半島では李朝にさまざまの酒器がつくられたが、ぐい呑みでは「三島手(みしまで)」のものが賞美されている。中国では、漢代以降に陶器の酒盃が現れる。
 このように骨董のぐい呑みには、いろいろあるが、かなりの資本力を必要とする厄介な世界なのだ。
 難しいことはさて置き、2口で呑むのが普通の盃。その2〜3杯程度の大振りで深めの盃がぐい呑みなのである。
 私の場合、呑み始めは普通の盃でチビチビやり、エンジンがかかると、ぐい呑みに切り替える。心地よく酔い始めると、注ぐ手間が省けるぐい呑みが、手に吸い付くようで調子が出る。気に入ったものでぐいぐいと晩酌をしたいものだ。
 ところで、陶芸家が自らの技術を最大限に出す器は抹茶碗という。それに次ぐものが「ぐい呑み」ということをご存知だろうか。小さく簡素な盃ゆえ、精魂込めて作り出され、個性と技量が反映されるのだ。値段も手頃で、持ち運びにも便利。その上、量産が少なく、陶芸家によっては、気の向いた時以外は作らないのである。
 近頃の燗酒ブームのせいか、「好きな陶磁器の酒器で、晩酌を楽しみたい」という声を聞く。そんなとき「骨董でもいいが、まずは、作家もののぐい呑みで、好みの盃を探してみては」とアドバイスしている。