昨今、燗酒がブームという。昭和の終わり、第一次日本酒ブームで吟醸酒が台頭、最近では生酒原酒にスポットライトが当たり、居酒屋ではグラスの冷酒が当たり前になった。「日本酒は冷やで呑むもの」という風潮が広がり、ここしばらく燗酒の地位は低かった。
 燗の温度には、日向燗から飛切燗まで5℃毎に6段階ある。世界に誇ることができる酒文化だ。本来、いろいろな燗酒用の酒器を用いて、手間暇かけて付けるもので、居酒屋に普及している自動燗付器とは違う。気に入った徳利と杯で楽しみたい。
 さて、ご覧の品は明治期の「燗銅壺(かんどうこ)」である。先月、長谷村へ取材があり、その帰り、行きつけの高遠の骨董屋に寄って見つけた。ここ数年、探していた念願の燗酒用酒器なのだ。
 明治期のものではないか、と主人の話。明治期の有名な銅細工の産地といえば、新潟の燕鎚起銅器(つばめついきどうき)だ。
 そんな推測をしながら手に取ってみる。いい調子に時代が付き、感心するほど工夫された構造、そしてシンプルな意匠だ。心は早、今宵の晩酌へと馳せ、手から銅壺が離れない。主人と交渉し格安で手に入れた。
 写真を見てお分かりと思うが、上部右側には徳利を湯煎する口があり、左側はお湯を温める火鉢の火壺の口、左隅にお湯抜きの小さな口が付いている。側面には花文意匠の吸気口がある。
 炭を熾して、火壺の中に入れると、吸気口からチロチロと火球が見え、なんともいえぬ情緒が漂う。
 火鉢の網は無かったので手作りした。燗をつけながら、焼物が楽しめるという至れり尽くせりの酒器は、昭和初期頃まで、旦那衆と呼ばれた人々の道楽として、花見など屋外で使われていたようだ。
 ところで、燗酒の古い記録はいろいろあるが、有名なのは、平安時代中期の律令政治の施行細則「延喜式(えんぎしき)」だ。宮中の年中行事や制度などの件にあるらしい。酒を温めた「土熬堝(どこうなべ)」という記があり、直接火にかける「直燗」用の鍋だといわれている。
 燗酒が誕生した主な理由は、暖房器具が殆ど発達しなかった我が国で、燗酒で暖を取ったからと考えられている。時は移ろい江戸時代後期、燗徳利や燗銅壺などの酒器が登場し、一年中燗酒を呑む習慣が始まった。当時、米の精米技術が低く、酒質の悪さを温めて誤魔化していたのでは―という話もある。
 明治に入ると、白米で酒を醸す技術と吟醸酒が生まれた。常温で呑める酒の登場なのだが、昭和の初めまでこの燗銅壺が活躍していた。
 既に炭を入れてから4時間、外は真っ暗だ。チビチビとやりながら、もう4本。いい調子を通り越して、少々呑みすぎてしまった。


#032●江戸後期に生まれた燗酒用の
      火鉢内蔵湯煎鍋「燗銅壺(かんどうこ)」