ご覧のアンティークは、20世紀初頭の「デカンター」である。二つとも、15年程前、今は無き、東京表参道の同潤会アパート裏のアンティークショップで出合った。デカンターの知識は乏しかったが、色といい、エッチングによる優しい絵柄といい、気に入ってしまった。小一時間ほど、近くの珈琲ショップで悩んだ挙句、再び店に戻り手に入れたのだ。
 アンティークショップのオーナーは、美術大学の教授といったような雰囲気のある大正生まれの紳士で、仕入れの時の様子を語ってくれた。オーナー曰く、世界の古都を巡りながら仕入れているという。なんとも羨ましい話だ。
 右側の背の低い方は、世界遺産のポーランド・クラコフで、聖マリア教会やヴァヴェル城などに囲まれた中央広場の市場にある骨董屋で見つけたらしい。香水入れのように優雅な形で、森の中の城と動物たちがエッチングで描かれ、独特の品格が漂っている。古都クラコフは峠でチェコへと通じ、古くからボヘミアンガラスがもたらされ、良いアンティーク・ガラスの器などを仕入れるのに絶好の所だという。
 その後、ヨーロッパ各国で仕入れ、アンティーク大国のイギリスに寄り、ウインザーのイートンカレッジ前の大通り付近で開催されたオークションで、ガラス工芸品を数点仕入れたという。その中の一つが、左側の背の高いデカンターだ。底には'09と書かれ、製造年が1909年とわかる。スマートな胴体に葡萄の木のエッチングが全面に配され、口の内側は栓ができるように面取りがしてある。栓が紛失しているので、こちらは格安になった。
 「デキャンティング」という言葉をご存知だろう。年代もののワインの澱を取り、また、ワインに空気を触れさせて活性化させ、味を引き立たせるため、デカンターに移し替えることだ。何の変哲もない透明なガラス容器のデカンターが多い。
 欧米では、デカンターは本来、ワインやブドウ酒だけでなく、樽詰めされていたウィスキーやリキュール類を、沈殿物が入らぬように移し替えるための容器のこと。スコッチウィスキーやバーボンに、デカンター仕様のビンに詰められた銘柄を見かけることがある。
 装飾が施された工芸品としてのデカンターは、決して珍しいものではない。カットが美しいボヘミアンガラスのものや、エナメルで絵付けがされているもの、このように色を付け、エッチングで絵を描いたものなど、各国、各時代のガラス工芸を育んだ歴史や文化の基に生まれてきたのだ。もちろん、その国で嗜まれている酒をはじめとする食文化と、密接に関わっている。
 ところで、我が国のガラス工芸の歴史というと、江戸初期からの歴史を誇る長崎ガラスを筆頭に、江戸切子、薩摩切子が有名だ。しかし、江戸後期から幕末にかけ、地方の先見性のある藩主達が、積極的にガラス製造に取り組み、今でも各地の博物館や美術館で、その姿を見ることができる。各地の骨董屋で手に入れることも可能だ。福島県の須賀川ガラス、佐賀県の武雄ガラス、山口県萩に伝存する萩ガラスなどが挙げられる。何れのガラスも、3大産地とは趣が異なり、シンプルな形と淡い色合いを特徴としている。
 このデカンターと出合った頃、博物館のプロジェクトで、長崎によく出張していた。会議が終わると、中華街で速攻の夕食を取り、骨董屋を片っ端から回った。訪れる店には、幕末から明治初期に作られた良く似たデカンターが必ずあり、私に魅惑的なサインを送ってきた。コレクションの道へと踏み出しそうになった私は、堪えるのに苦労をしたのを昨日のように覚えている。

#031●一目惚れするほど美しい
       1909年製 アンティーク デカンター