ご覧のアンティークは「ROSS LONDON 8.5 inch f4.5」というカメラレンズである。知人の写真家からのロンドン土産だ。イギリスには古くからアンティークカメラ店があり、カメラ専門のオークションもさまざまあり、度々開催される。古き良きものを大切にする紳士の国ならではのこととはいえ、実に羨ましい。
 カメラ大国というと戦前のドイツと戦後の日本が有名だが、19世紀中頃の暗箱や木製カメラの時代、イギリスも主要な生産国として知られていた。このROSSも定評あるカメラレンズを世に送り出していた。
 ところで、レンズが人類史に登場するのは、紀元前700年頃のこと。古代ニネヴェ(現イラク北方)遺跡から発見された直径約3.8p、焦点距離約11.4pの研磨された水晶レンズが、最古のものといわれている。考古学者たちは、宗教儀式などで太陽熱を集めるものだったと考えている。中国でも、不老長寿の縁起ものや魔除けとして、天然石のレンズを使っていたようで、アニミズムとかかわりをもっていたのだ。
 古代の人間にとって"モノが見える"ということは、本当に不思議なことだったらしい。今から2500年ほど昔のインドでは、「目の中には消えない火があり、ものを見ているときは目から火をだしている」との医者の説が残っているという。また、ギリシャ時代、ある哲学者は「頭をぶつけると目の中に火花が散るのでもわかるとおり、目の中には火があって、その火が目から流れ出す。その火は、周りの太陽光と溶け合って見るものの方に進み、一方、ものからも火が出て、両方の火がぶつかったとき、ものが見える」と説いたという。科学が未発達の文明において、真剣に考えられていたのだが、まるで古典落語の世界だ。
 レンズが視力を補うことを最初に発見したのは、9世紀のアラビアの数学者だった。彼は、適度にカットしたレンズを使うと視力が助けられる可能性を発表したのだ。11世紀には、ヨーロッパの各地でレンズの開発が盛んになり、ルーペの原型のようなものが流行ったという。13世紀中頃には、イタリアのベネチアで発達したガラス技術が応用され、メガネが誕生した。
 メガネの登場以来、いろいろな光学機器が発明されていく。16世紀の終わり頃、オランダで2つのレンズを組み合わせ顕微鏡が発明された。17世紀の初頭には、同じオランダで、筒の両端に2枚のレンズをつけることで最初の望遠鏡が作られた。そして、ガリレオ・ガリレイが天文学に初めて望遠鏡を利用する。19世紀に入ると、イギリスの科学者が、メニスカス風景レンズというものを発明する。1812年、写真の原型であるカメラ・オブスキュラ(巨大ピンホール・カメラ)に用いたのだ。1830年代に、写真が発明され、このメニスカス風景レンズが使用されたという。
 レンズの社会史は如何だったろうか。
 ご覧の通り、銅鏡は真鍮の削りだし、レンズには少々傷が入っているが、その輝きからは職人魂が伝わってくる。シリアルナンバーから20世紀初頭の生産と分かる。
 シャッターがないバーレルレンズという種類だが、真鍮板でカメラへの取付プレートを自作し、ISO感度5〜10の超低感度フィルムを用い、レンズキャップをシャッターの代わりにして撮影する。実際に撮影すると、堂々とした風格からは予想がつかない優しい描写をするレンズなのである。
 私が撮影している姿は、時代錯誤も甚だしい。腕時計を眺めながら、レンズキャップを外したり嵌めたりして、撮影している。そのうち、時代錯誤写真家とあだ名がつくのではないかと思っている。

#028●カメラ黎明期に活躍したレンズ
        ROSS LONDON 8.5 inch f4.5