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州庵の小言甘辛放談

最近考えることや趣味の話、流行ものの文化的考察、時事問題まで何が飛び出すかわからない。現代甘辛批評。

ブログ「たまたま日記」に衣替え。
しかし、激辛コラムは今後もアップします



◆2006/01/03◆ 酒宴など「社交」という言葉を考えると、無邪気な大人たちが向こうに見える
 謹賀新年。新春早々からこのようなタイトルで甘辛日記を書くのは、酒呑みとしてどのような一年を過ごしたいか、また、45年という人生の歩みから生まれる人としての厚みというか、より充実した酒宴の時間を楽しみたいからである。酒の呑み方には晩酌、一人酒、酒宴といろいろあるが、それなりの仲間と呑む酒宴について考えてみたい。
 酒の呑み方を見れば、その人の精神年齢や社交性の有無、モラルが垣間見え、思わず「人生の構え方があるのか!」などのツッコミが野暮になるような…ある種、人の本質が露出するひと時なのである。
 年末年始、若者の姿がいたるところにやたらと目立つ季節である。電車の中、街の中、居酒屋などの店の中で幅を利かせている。そして一様に騒がしい。大学や専門学校、バイト先の中の交遊がそのまま持ち出されたような状態で、騒がしいのも当然である。
 公共のあちこちで、未成年とも思しき若者たちの周りをはばからぬ大きな声を聞かされる。およそ会話とは思えない音声の投げ合いである。若者に落ち着いた会話を求めるのは無理にしても、彼らの交遊の騒がしさを公共の場で我慢しなければならないのには我慢ならない。未熟で騒々しい交歓が大人の社交空間を侵食し、若者たちの過大な社会的プレゼンス状態が日常化している。
 未成熟な若者が子供のようでありたいと願うのであれば、「早く大人になりたい」などとは当然思わない。大人も大人社会の価値を子供のような若者たちに示すどころか、その価値を認められないでいる。大人の方が若者や子供たちに自らを合わせ、若さが理想であり、加齢が嫌われる。無垢で無邪気な若者や子供たちの時代が黄金時代で、大人はだんだんそこから遠ざかっていくとするのが、この世の中である。
 このような世の中でまともな居酒屋を探すのは難しいし、当然ながらそこで呑むのを敬遠するようになる。吠え叫ぶかのように互いに大声を放ちあう若者たちの酒宴の隣に座ってしまえば、呑み仲間との面白い会話などできやしない。と言いながらも、我が大人社会の会話なるものにしても、自己主張の交換か、自己の心情・感情の吐露・表出かね、上下関係のもとで一方的な言葉の放出にすぎないことが、しばしばである。実際、我がアトリエで行う酒宴イベントでも、脱落者が沢山いる。中にはグチが殆どで、初対面に近い私の知人に対し、酒の席の全ての時間を使ってグチを開陳し、自ら「グチは黙って聞いてやるものだ」などと、無邪気にのたまっている御仁もいる。また、子供の思い出などを話しはじめ泣き出す者もいる。親は子供を愛するものだが、溺愛しすぎるような話を一方的に聞くのも如何なものか。まるで、子供がそのまま大きくなって結婚し、子供を作ってしまったかのように感じてしまうこともあるのだ。こうなると、成熟した大人の会話を持つ文化とは程遠く、呑み仲間も厳選しないといけない時代なのである。
 私の仲間たちは、一芸を極めようと修行の日々が続くプロたちが多い。成人の文化の世界であり、成熟文化としての玄人文化、例えば、江戸の粋な呑み方を楽しみたい仲間たちなのである。目指すところは、一つの道を極める仲間たちと、厳選された肴と酒で、名品の酒器を使い、文化的な会話を楽しむ本来のサロンを催したいと思い、酒宴イベントを続けているのである。呑み仲間といえども、それなりの社交のマナーとルールを尊重し、社交の中心にある会話が大切なのは言うまでもない。黙らず、話し過ぎず、他者に耳を傾け、他者に耳を傾けさせる。自己主張し過ぎず、自己を消し去らず、会話の流れを壊さず、豊富にし、ときに流れを変え、また作り出すのである。
 毎回、遊び仲間のような連中と呑んでいる御仁には、難しいかもしれない。昨年末、知人の陶芸家・K松女史とそのお父様を囲み、何人かの呑み仲間で充実した酒宴のひと時を過ごしたが、W田大学名誉教授と言う肩書き以前に、80代半ばのお父様の円熟味溢れる語り口の教養と人生味溢れる会話が実にためになり、面白く、参加できたことに感謝したくなるような有意義なひと時であったのだ。社交における振る舞いは、子供の頃から「大人の社交」は何たるかをしつけなければならないし、社会に出ればこのように様々な世代の方々と呑むことで、自ら成熟していく努力と勉強の連続なのである。
 今日、この世の中を見ると、大人と子供、成年者と未成年者の間に単なる年齢線しかないような社会である。したがって、成熟と未成熟との間に懸隔はない。大人とはただ年をとった人間、若者・子供の延長線上にある者でしかない。そこでは「若さ」が何の疑問もなく価値とされ、若いということがそれだけで売り物にされる。若者・子供による社交空間の侵食をくい止められないでいるのも、成熟という価値を認めることができない社会精神が蔓延しているからである。
 この社会精神が生み出したものにプロとアマの境界線の融解、道徳という言葉が死語となり、モラル喪失の社会の出現、倫理観という大切なものの忘却などなど、幼稚化された日本の現実である。
 例えば、年末に騒がれた建築構造偽装などは、これらを象徴しているのである。今では、単なるニュースの一つとしか思っていない大人が多いことなど、実に世を憂う事態が起きているのだ。以前から、ある業界筋から噂を聞いていたが、2005年の十大ニュースの締めくくりであったK村建設、A歯建築設計事務所、S合経営研究所がつるんでいるとしか考えられない前代未聞の構造偽装の証人喚問をTVで見ていて薄ら寒くなった。喋り言葉が空虚さを漂わせ実に希薄なのである。また、政府が神経症的にスローガンを叫んでいた構造改革で生み出され、市場経済の中で融解した民間建築検査機関の信じられない実態は、政治家たちも幼稚化していることを証明している。
 おっと、いかん。新年からバッサリと斬ってしまった。一人で徳利を傾けていると、少々、呑みすぎてしまう。反省反省。


◆2005/11/13◆ 「危険日」を乗り切る。フランスの暴動
 パリの暴動事件、すぐに終わるかと思いきや既に2週間以上たった。フランスの理念「自由、平等、博愛」の共和国精神が金属疲労したのか?腐食酸化したのか?。フランス近現代史における移民という社会問題の微調整は、2世、3世の移民世代で機能不全となった。米国に対抗するための市場経済主義的な欧州連合・EU統合の歩みと、その宗主国フランスのEU政策も、この社会問題と無関係ではないだろう。シラク大統領の後継の座をめぐりライバル関係のドビルパン首相とサルコジ内相の対立も絡み、一層長期化しそうである。
 A日新聞comは『フランスの暴動は、12日夜も各地で放火や破壊活動があった。13日朝までに燃やされた車は374台で、前日(502台)より減少。懸念されたパリ市内への波及はなく、3連休の中日(なかび)を乗り切った形だ。だが、中部リヨンでは12日に中心部で若者と警官隊が衝突、大都市で初めてとなる夜間外出禁止令が発令された。非常事態法に基づく外出禁止令が出たのは6県になった。この数日、発端となったパリ郊外で暴動が沈静しつつあるのに対し、地方都市では続いている。仏第3の都市リヨンでは12日夕、観光客も多いベルクール広場で投石する若者グループに警官隊が催涙弾を発射。大都市の中心部では初めての暴動となった。リヨンを含むローヌ県では同日午後10時から、18歳未満の夜間外出が禁じられ、13日にはリヨン中心部での集会が禁止された。このほか南西部トゥールーズ、東部アルザス・ロレーヌ地方、南部カルパントラなどで放火や破壊行為があった。首都での暴動を呼びかけるメッセージがインターネットや携帯電話を通じて広がったが、警察が厳戒態勢を敷いたパリは平穏だった。2005年11月13日21時13分』と伝えている。
 ところでドイツは今年で統一15年を迎えるが、東西ドイツの統合は今もなお「東の人、西の人」という問題を抱えている。その問題を抱えながらも、欧州連合・EUの中でより本物の統一へと進んでいる。ヨーロッパ諸国はEUを中心に統合の歩みを続けているのだが、深く移民問題が関わっており、どのように共生していくのか、多民族・多文化社会はうまく機能するのだろうか。これらの疑問の答えが、EUの統合を推進してきたフランスの今回の暴動に象徴されているように思う。
 移民たちの置かれる状況は移民の住むEU諸国によって異なる。EUという大きな枠組みはあるが、共通の政策は少なく、それぞれ国家の異なる移民政策がある。例えば、ドイツでは民族主義・血統主義が強いため、移民たちの帰化・国籍取得は、条件も厳しく、国籍取得が困難に近いという。イギリスは「多文化主義」で一線を画しているが、7月に起きたロンドン地下鉄同時爆破テロは、異文化に最も寛容とされてきた英国の移民政策に衝撃を与え、今後、どのように変化するのか。
 フランスの移民政策は、帰化・国籍取得の条件は生地主義を採用し、何人であれフランスの理念「自由、平等、博愛」の共和国精神を受け入れる限りはフランス国民になることができる。また、フランス生まれはほぼ自動的に国籍を取得でき、人口約六千万の約9%をアラブ系などの移民が占めるようになった。しかしながら、 昨秋、イスラム教徒の女性を対象に施行された「スカーフ禁止法」に象徴されるように、フランス的価値観を迫る性格が強い。異なる文化を持つ異なる民族をいかに社会に同化させるかをめぐる試行錯誤が続き、イスラム教徒の移民が多数を占めるにつれて、人種差別問題や文化の相違といった軋轢も生じ、結果的に、今回の暴動のベースが生み出されていたのである。
 さらに次期大統領の座を目指すドビルパン首相とサルコジ内相の対立をK同通信は次のように伝えている。『内相、大胆な同化政策主張 首相は「差別的」と反対/都市郊外の移民社会の貧困や同化の難しさを背景に続くフランス各地の暴動。頭脳労働者の積極的受け入れなど大胆な同化政策を打ち出すサルコジ内相に対し、差別的として反対するドビルパン首相。2007年の大統領選の争点として浮上することが予想される移民問題で、シラク大統領の後継の座をめぐりライバル関係にある両氏の立場は大きく異なる。サルコジ氏は治安維持面で豪腕を振るってきたこわもてのイメージが強い政治家だ。移民政策でも規制を強化し、優秀な学生らを中心にした受け入れを目指すべきだと主張する。自らもハンガリー系の移民家庭で育ったサルコジ氏は、フランス社会への移民の同化が容易になるよう政策を大転換すべきだとも訴える。移民への地方参政権付与と、米国などに先例がある少数派優遇策の導入がその柱だ。これに対してより穏健で保守的なドビルパン首相は、サルコジ氏が掲げる同化政策のいずれにも反対だ。参政権については「フランスに5年以上滞在する外国人はフランス国籍を申請できる」と反論。少数派優遇をめぐっては「差別には違わない」と切り捨てる。2005年11月13日19時54分』
 20世紀末から21世紀の世界情勢を見ていると、今日の民主主義の母体といわれるフランス革命で生まれた「自由、平等、博愛」という理念は、この世紀で通用させるには難しいようだ。2世紀にわたって掲げられたシンプルな理念は、シンプルな歴史背景を持つ米国のような社会でしか通用しないのではないだろうか。しかしながらアメリカ流の民主主義は、今日のイラクの現状を見る限り通用していない。今回のフランス暴動が2世紀ぶりの革命に発展するとは思えないが、もし、勃発したら21世紀に耐えうる「新しい理念」が生まれてくるかもしれない。
 少々、飛躍しすぎかもしれないが我が国の「幕末維新」という革命から150年。そして、戦後の民主主義が60年。ある種、精神的な植民地第2世代が「親米政権」を生み出しているこの時代、フランスの暴動が気になる。今後も注視しなければならない。


◆2005/10/23◆ 総理靖国参拝から一週間。某公共放送・週刊こどもニュースに見る「靖国問題」
 17日の小泉総理の靖国神社参拝から一週間、政治討論や報道番組が多い日曜となった。政党、政治家、学者、評論家などがどのような発言をするかチェックしていたが、今ひとつ核心を突く討論がなかった。それは、『批判があるのに、何故、小泉総理は5回目の参拝をしたのか?』であり、決して、総理の信念や頑固などのレベルで評論することではないと考える。各論客は様々な角度から問題を指摘しているが、靖国問題は21世紀に持ち越された日本国民の宿題といえないだろうか。小泉総理は、この宿題を忘れるべきでないことと、繰り返し問題提起をしているのである。
 このような時は、土曜日の夕方、某公共放送の「週刊こどもニュース」を見るに限る。なぜなら、俗にいう一般論を幼く分かりやすく解説するためで、床屋談義のレベルだからである。しかし、小中学校で教材になる可能性のある番組なので、紹介の仕方によっては何となく薄ら寒くなる。
 オープニングのコーナー「世の中まとめて一週間」。月曜から金曜までの国内外のトップニュースを紹介する。月曜日/小泉総理靖国参拝、火曜日/古田選手の現役選手の監督兼任、水曜日/イラク国民をいじめていたフセイン裁判、木曜日/パキスタン大地震のユニセフ報告と支援要請というオーダーである。以下、某国営放送のホームページに掲載されている放送時点での原稿である。

 『靖国神社に小泉総理大臣がお参り('05/10/22 放送)/小泉総理大臣が靖国神社をお参りしたことを中国や韓国が批判しています。中国や韓国はどうしておこっているのでしょう。きょうはこれについて考えますが、まず靖国神社について説明します。
 みなさんが暮らしている地域に神社がありますね。神社にはそれぞれいろんな神様がまつられています。靖国神社には国のために戦って亡くなったり、国のために働いていて亡くなったりした人が神様としてまつられているんです。これがほかの多くの神社とは違っている点です。
 その靖国神社。いまから130年以上前の1869年に建てられました。そのときは別の名前でしたが、10年後に靖国神社という名前になりました。靖国というのは、「国を安らかにする」という意味です。
 靖国神社がつくられたきっかけは明治維新の時に起きた戊辰戦争です。戊辰戦争は新しい政府の軍と徳川幕府の軍が戦った戦争です。この戦争で政府軍は勝ちましたが、大勢の兵士がなくなりました。新しい時代を迎える国のために戦死した明治政府の兵士たちを神様としてまつってたたえようといって建てられたのです。
 その後、たびたび戦争がありました。日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦。こうした戦争で亡くなった兵士たちも靖国神社にまつられました。
 そして第2次世界大戦。この戦争では大勢の人がなくなりました。だから靖国神社にまつられる人もさらに増えたのです。まつられた人たちの中には戦死した兵士のほか、戦場で働いていて亡くなった看護師さんとか国のために働いていて空襲で亡くなった人もまつられました。靖国神社に現在まつられている人は、246万にのぼりますが、このうち213万人が第2次世界大戦で亡くなった人なのです。
 この靖国神社に小泉総理大臣がお参りしました。このことを中国や韓国が抗議しています。どうしてなのでしょう。靖国神社にまつられている人たちがいま問題になっているのです。
 日本が戦争に負けた後、日本の指導者たちの責任を追及するといって戦争に勝った側のアメリカやイギリスなど連合国が裁判を開きました。
 これが「極東国際軍事裁判です。東京で開かれたので東京裁判ともいいます。
 この裁判で裁かれた日本の指導者は「A級戦犯」と呼ばれました。戦犯とは戦争犯罪人という意味です。「日本は戦争で中国などアジアの人たちをひどい目にあわせて苦しめた。その戦争をはじめた責任が指導者にはある」というのです。
 この指導者のうち裁判で死刑になった人などあわせて14人がその後、靖国神社にまつられました。靖国神社は「裁判で裁かれたといっても指導者たちも国のためを思ってなくなったのだから同じようにまつろう」といってほかの戦死者といっしょにまつりました。
 中国や韓国は、この指導者たちがまつられていることに怒っているのです。
 どういうことかというと「中国や韓国は戦争で日本からひどい目に合わされた。その戦争を起こした指導者がまつられている靖国神社を政府のトップの総理大臣がお参りするというのはおかしい。総理大臣は戦争を反省していないのではないか」というのです。
 小泉総理大臣はお参りした理由について「2度と戦争を起こさないという決意をし、戦争で亡くなった人たちに感謝の気持ちを伝えた」といっています。
 この小泉総理大臣のお参りについては日本の国内でも意見が分かれています。
 NHKが今月おこなった世論調査では小泉総理大臣はお参りを続けたほうがいいと答えた人は43%、やめたほうがいいと答えた人は45%です。国民の意見もほぼ2つに分かれているのです。
 ただ小泉総理大臣がお参りしたことで、日本と中国や韓国との関係はいま大変悪くなっています。国と国との関係をこれから良くしていくにはどうすればいいのか、ぜひ答えを見つけてほしいと思いますね』
 
 如何だろう。靖国参拝問題をこのレベルで子供たちに解説して良いのだろうか。巷の大人たちが議論しているレベルそのものである。大人たちがこの番組を見て床屋談義をしているのでは?と勘ぐってしまう。
 それにしても、「世の中まとめて一週間」のオーダーにある『水曜日/イラク国民をいじめていたフセイン裁判』は、21世紀に行われつつある東京裁判そのものに思えるのは私だけか。
 ところで、この程度であれば、小泉総理の靖国参拝を簡単に批判するようになると思う。むしろ他の関連問題を結びつけ、曰く、憲法の政教分離の原則に反している。A級戦犯が合祀されている。地裁、高裁で憲法違反の判決が出ている。中韓など近隣アジア諸国が反対している。国民のあいだに異論が多い。アジア外交が行き詰まり経済にも影響する。歴史認識が誤っており反省が足りない、などなど…となるような気がする。
 ちなみに、この一週間あまり日の目を見なかった記事を少々紹介する。最近、S経新聞に執筆している連中が「親米」なので読まないがS経新聞Webより。

 『岡崎久彦元駐タイ大使(談)言葉の批判以外、実害なし/秋の例大祭初日に小泉純一郎首相が参拝したが、その内容は(背広姿で記帳しないなど)重々しくされないで、かなり軽くした。もう少し重く、公式参拝、または公式参拝に近い形でも、日中関係、日韓関係に言葉による批判以上の実害はないという点では同じだと思う。
 行きがかり上、中国、韓国による批判は当然、予想していたが、大使館や政府スポークスマンなどは激しい言葉遣いをしないと自分の立場が危なくなる人たちだ。日本に言っているのではなく、自分の後ろに向かって言っているのだと解釈すべきだ。
 今後、数日間の中国の反応は興味深い。これによって中国の今後の対日戦略や、あるいは中国内部の権力関係、特に強硬派と穏健派などが分かってくるはずである。
 言葉以上に何ができるかというと、若干の無害な交流の停止くらいはあるかもしれないが、大衆デモは到底できないと思う。そうであるなら、今後は毎年、参拝しても日中関係、日韓関係に言葉の批判以上の実害はなくなることが確定するはずだ。小泉首相でなくても誰でも参拝できる状況になるだろう。それが確定し、靖国問題の幕引きになれば、小泉首相の功績になるだろう』

 さらに、K同通信16日ニューヨーク発。
 『台湾の李登輝前総統、小泉首相靖国参拝について「よかった」/訪米中の台湾の李登輝前総統は16日のニューヨークでの講演後、小泉純一郎首相が靖国神社を参拝したことについて「それはよかった」と語った。共同通信の質問に答えた。
 李氏は16日の共同通信との会見で「一国の首相が自分の国のために命を亡くした英霊をお参りするのは当たり前。外国が口を差し挟むべきことではないと思っている(以下略)』

 このような2本の記事が地味な扱いなのは、どう考えてもアンバランスな報道である。そのような雰囲気の日本がある意味で不気味だと思うのは考え過ぎだろうか…。最後に、本来なら小泉首相の最初の公約であった「終戦記念日の参拝」を実行するべきではなかったろうか。これが出来なかったのは、背後にちらつくブッシュ大統領の顔だ。たぶん「中国を刺激しすぎるな」と、助言があったのだろう。


◆2005/10/08◆ 文部科学省の学力低下傾向対策『読解力向上委員会(仮称)』の設置
 S濃毎日新聞朝刊、一面に『教科超え読解力を 「文学中心」見直し 文科省方針』という見出しが躍っていた。確か…昨年末、OECD学習到達度調査で、我が国の子どもたちの論理的思考力を含む読解力の低下が指摘されていたから、中教審あたりが審議したその対策だろうと目を通す。「読解力向上」は大切なこと、と思いながら、読んでみる。が、何故か笑えるような、笑えないような、ビミョーな内容。
 記事には、『文部科学省は7日、文学的な文章を味わう指導に偏りがちだった「読解力」の定義を広げ、文章や資料、データを解釈し論理的に思考できる力を養成するため、国語だけでなくすべての教科や総合学習を活用していく方針を固めた。中教審の部会に「読解力向上プログラム」を提示し、今後、各小中学校に指導資料を配布する』とある。
 冒頭の『文学的な文章を味わう指導に偏りがち』に違和感を持った。おかしい。私が勉強した国語では、文学作品を教材に作者が何を考えて書き、作品を通して伝えたいことを如何に紡ぐことが出来るか…だったような覚えがある。ここ十数年、個性を育む教育という基本理念が幅を利かせていたが、その下に『文章を味わう指導』になったのだろうか。
 この教育方針の成果なのだろうか、新聞やTVなどで子供たちや学生のインタビューを目にするたびに、体験そのまんまのコメントを「〜で楽しかった」、「〜悲しい」、「〜と思った」、「〜感じた」で締めるパターンが殆ど。その昔の子供や若者独特の視点からの『意見』とはほど遠いと思うのは私だけか?豊かな個性、感受性を育むゆとりの教育が行われていたはずなのだが…巷に蔓延している大人たちの中身が空虚なコメントを見るようである。
 さて、記事にもどるが『昨年末に公表されたOECD学習到達度調査(PISA)で、論理的思考力を含む読解力の低下が明らかになったことを受けた対策で、文科省は「これからの時代に求められる読解力の養成には、教科の枠を超えた共通理解と取り組みが必要だ」としている。同省は「PISA型読解力」の養成を念頭に置いて、学習指導要領の改定作業を進める方針。2007年度に実施予定の全国学力テストの問題作成にも反映させるほか、高校や大学入試問題の改善も促す意向だ。PISA型読解力についての理解を広めるため読解力向上委員会(仮称)も設ける。向上プログラムは、PISA型読解力について「国語教育などで従来用いられていた『読解』という語の意味とは異なる」と指摘。単に自分の経験や心情を述べるだけではなく、与えられた文章やデータに基づいて論理的に考える能力の必要性を強調した。さまざまな機会をとらえて「読解力」を向上させるため、教科別に指導法のモデルを提示。中学二年の数学では、インターネットの接続料金プランから情報を読み取り、目的に応じて判断する力の養成を課題とした。読書活動でも文学的な文章だけでなく、新聞や科学雑誌など目的を明確にして文章を読むことの必要性を挙げている。』と続く。うぅ〜ん、ここまで重症だったのか。
 私が感じるこの20年間は、『分かりやすい世の中を創る』と言われ続け、世の中から『文章を極力なくす運動』があったような気がする。様々なメディアに関わる仕事をしてきたが、「文章は極力少なく、分かりやすく」、「イラストや写真を多用して」、「概念図やグラフ表現は簡素に」、「ストーリーは分かりやすく」、「マニュアル化しよう」などなど、上司や先輩たちに言われ続けた。分かりやすい文章を書くための本来のテクニックや周辺の手段が、何時しか目的化してしまったのではないか。さらに、巷に数多ある『喋る自販機』は、消費者に利用の内容を読ませるのなら機械に喋らせたほうが分かりやすいと、生まれてきたのではないか。暮らしの中から読む機会を取り上げる…社会全体が求めていたように思える。
 読むことが面倒くさく、苦手な大人が多かったのも、この20年間なのだろう。こんな大人が多ければ、今の子供たちを生み出すのも分かるような気がする。小泉首相の「ワンフレーズ政治」の登場も、関係があるのかもしれない。
 こんなことを考えると、『読解力向上委員会(仮称)』は、大人を対象とした様々な施策も提言して欲しい。


◆2005/09/11〜12◆ 無党派層が劇場型政治を育み、小泉・巨大自民を生む
 今日、第44回衆院選が、全国約5万3000カ所の投票所で投票が行われた。午後20時からの開票作業当初から、各テレビ局の選挙速報特番は「自民圧倒的な強さ」と伝え、自民の獲得議席数を、NHKが285〜325、日テレが309、TBSが307、フジが306、テレ朝が304と予測。
 日も替わり、12日4時過ぎ、共同通信速報が「自民党が首都圏など都市部の小選挙区で地滑り的勝利を収め、単独で絶対安定多数(269議席)を上回る296議席を獲得。また、公明党の31議席を加えた与党は327議席で、衆院の3分の2を超す空前の大勝。」と伝えている。
 ここ数日、衆議院選についていろいろ書きたかったが、過激なことを書いてしまいそうだったので自粛していた。その間、各メディアで報道各社の記事をチェックしていたが、今回の報道ほど大騒ぎしているようでありながら「冷静な報道」は珍しい。12年前の自民分裂、非自民内閣誕生後に下野した自民からの「反自民誘導報道バッシング」が響いているのか…、もしくは、小選挙区・比例代表制の選挙が過渡期を終え、その特殊な性格が現れ始めたからなのか。はたまた、「無党派層の化けの皮」がはがれたからなのか?いやいや、想定外の巨大与党誕生に、慎重に対応するしかないと思ったのだろう。
 この4年間、小泉首相の「ワンフレーズ政治」は様々な論客が「空虚な国を創る」と酷評してきた。この点、私も同感だ。が、我が生業のプランナーの視点から見ると、各世代を分析しながら事業を推進するマーケティングに長けた「マーケティング・プランナー」であり、「改革を止めるな」、「郵政改革賛成、反対」、「民主党も抵抗勢力」などの名キャッチコピーを生み出すコピーライター兼クリエイティブ・ディレクター、また、韓国ドラマではないがオール・インの主人公のような「博打師」的性格と、聴衆を巻き込みながら切れの良い演説をする「弁士」的才能を有するのが、小泉首相なのではないか。日本型ワイドショー民主主義を理解した「政治家」というより「政治師」のほうが最適なテクノクラートなのだ。「世代間抗争」と「都会VS田舎」を利用し、「今時タレント」を駒にするなど民主党が得意としてきた戦略を、民主党以上に徹底して実行した。
 では、何故、このような政治師が登場したのか?「無党派層」という摩訶不思議な市民が増殖したことにその原因があるのではないかと思っている。「そんな陳腐な話を書くな!」という言葉が聞こえてくるが、まぁ、お付き合いいただきたい。
 12年前の自民分裂、「無党派層が風を起こす」などと国政選挙で言われてきたのはご存知のはず。そして、報道各社や政治学者、評論化は、無党派層を「自律的に判断しようとする意識の高い人々」、「支持する政党はその都度変化するが、それは時代を読んでいるから。軽い人たちではない」といった見方を示してきた。
 果たしてそうなのか?私は以前から、「何事にも流される無責任な有権者たち」と思っている。具体的には、「過激になれなかった団塊の世代」、「奥さんに敷かれている男」、「床屋談義と井戸端会議しか出来ない人々」、「団塊の世代に疲れたポスト団塊世代」、「イチゴ世代といわれた団塊の子どもたち」の集合体である。そして、分かりやすいものに飛びつき、すぐ飽きて、ワイドショーが好きな人々である。
 民主党の誕生も、12年前の団塊の世代のウチゲバの末に誕生した。そして、我々の後輩がカッコよく受ける時代だから、その中から「イケ面と良い子」を…と、ポスト団塊世代を主人公として立てられた。そんなものは「団塊世代に甘やかされた世代」なのである。情けない。早く目覚めていただきたい。都市政党、カッコいい政党、所詮、バックにいたのは「二大政党制を輸入する米国的な素人CMプランナー」、「911を予測しなかった米国政府的なコンサル」なのであろう。
 このように見ると「無党派層が劇場型政治」を求め、小泉首相はそれを演じたという意味で「凄い」のである。拍手を送る気はないが、やはり「日本型民主主義」を理解した凄い人なのだ。ここまでの議席があれば、結果的に「憲法改正」の可能性もある。郵政改革というくだらない選挙であったが…。
 そうそう、我が知事の才能が露呈された。「素」の小僧である。
 いろいろ書いたが、とりあえず、2005/08/08の甘辛日記で予測した、「小泉民主党」の誕生であった。


◆2005/08/22◆ 長崎在住の呑み仲間が説く「いたって真面目な談合論」
 長崎在住の呑み仲間、中尾氏のホームページを覗いていたら、なかなか面白い「談合論」があった。クレージーなスタートを切った衆議院選挙をひかえているので、ある意味、タイムリーな「説」なのだ。
 さて、中尾氏のプロフィールと私との出会いなどは、「居酒屋紀行・第2回/10年ぶりの呑み仲間の会」で紹介しているが、博物館などの公共プロジェクトを一緒に立ち上げてきた仲間である。BBSにも登場する「なかお」氏だ。
 彼の持論の「談合論」と「公務員論」は、ずいぶん昔の呑み会で数回聞いている。
 一級建築士で、長崎の地方ゼネコンに在籍し、現場で汗をかく彼の視点は、実に正しい「官と民」の常識論だ。我がホームページの甘辛日記で紹介することを了解いただいたのでUPする。

 2005/08/11(Thu)  談合 ------------------------------------------------------------
 最近話題になった橋梁談合事件。しかし、日本最大の談合組織については全く話題に上らない。
 まず、先日の談合の件だが、本来の予定価格に対してどれぐらいの金額で落札されたのかの割合が「満額」に近いものだった、その分税金を節約できなかったからその金額分の無駄遣いだ、という風に理解されているようだが、ここで注意しなければならないのは「満額」の意味である。
 談合がなければ、満額の8割ぐらいで落札される。つまり2割は節約できたということらしいのだが、その2割というのは本来ムダな金額ではない。
 その工事に必要な資材や人件費、管理費などのさまざまな費用と、受注した企業の「適正な利益」を見込んだ金額が「満額」として示される「予定価格」だから、満額以下で受注したということは、何かしらムリをしていることになる。下請け会社をいじめて受注企業だけは利益を出しているようなイメージがあるのかもしれないが、実際にはどうなのか、満額を100円とすると
 満額受注(100円) − 下請け(80円) − 孫請け(64円)
 それぞれの会社で2割づつの粗利とすると、本来の適正な価格(予定価格)ではこうなる。受注企業は 20 円の粗利、下請けは 16 円の粗利。ここで8割で受注というと
 8割受注(80円) − 下請け(64円) − 孫請け(51円)
 大雑把にいえば、受注企業以下、すべての下請け、関連会社の受注金額と利益がすべて8割になる。つまり、建設業界全体に対して「あなたたちは適正なレベルの8割の収入で生活しなさい」と言っているに等しいし、当然そこからの税収も8割になる。
 建設業界自体が古い商慣習などでムダがあり、それらのムダを削れば2割ぐらい削っても充分利益が出る、という伝説もあるのだが、実際はそんな魔法のような話はない。上の図で言えば
 受注企業(80円) − 下請け1(スキップ) − 下請け(64円)
 ということであれば、下請け1の部分の人はすべて路頭に迷うことになるし、トータルでは税収はやはり8割になる。
 税収が同じでも、そんなムダな税金を使うためだけにあるような企業など無いほうが世のためだ、という見方もあるだろうが、それなら後述する日本最大の談合組織に対しても全く同じことが言える。
 満額(予定価格)の8割というのは全く根拠のない数字で、単に「8割程度なら節約したというイメージが出せるから、この程度でボーダーラインを決めましょう」という、役所側の一方的な恣意で決められた数字に過ぎない。現に、電子入札ではこのボーダーラインは「乱数」で決めることになっている。さいころを振って出た目で決めるというわけで、なんら合理的な理由があっての数字でないことはこれからも分かる。
 本来100円の商品を80円で買うのが当たり前、という感覚がそもそも間違っている。100円の品質のものは、100円出さないと手に入らない。80円で買えたとしても、それは80円の価値しかないか、売った会社が損をするかのどちらか。そして、現実は役所の一方的な入札制度により、100円の価値のものをむりやり80円で買っている。発注者の立場を利用して20円分を巻き上げている状態で、これは公正取引なのか。
 談合の問題の一つは、適正な利益(満額)を出せなくなっている状態を「正常」とし、適正な利益を出すのは犯罪者扱いのような風潮にある。談合があってもなくても、受注金額は満額に近い数字でなければ建設業界の未来はないし、公共工事の品質も確保できるはずがない。
 で、本題の日本最大の談合組織だが、これは「公務員」と「公務員が組織する労働団体」である。
 公共工事の建設業は貴重な税金で工事をさせてもらっているのだから、国家予算が厳しい時期には適正な価格の8割で生活するのが当然、というのなら、他人の税金で生きている公務員の給与も8割になるのは当たり前。むしろ、率先して6割ぐらいにするのがスジだろう。
 ところが、公務員の給与を決めるのは同じ穴のムジナの公務員。公務員に能力給を導入しました、といっても評価するのも公務員、おたがいに馴れ合いで決まるから、これほど深刻な財政赤字でも「ボーナス」が出るし、そもそもの給与の算定基準が大企業の給与から算出されるから、そこらの中小企業の平均給与よりはるかに高い給与レベルのまま。それでも選挙がらみの組織票のためにここには絶対に手が出せない。それどころか、増税してでも自分たちの人件費だけは確保しようとする。
 旧態然とした組織で改革も進まず、税金をムダに使い込んでいるのは建設業界だけなのか。公共工事のコストは、国家予算の一割程度。それに対して国家公務員の人件費も一割。地方公務員は公表されていないようだが、人数が多くて国家公務員より給与水準が高いから、一割以上。それ以外の関連特殊法人などの隠れ人件費を合わせると三割は軽く超え、一説によれば五割近くが公務員の人件費であるとも言われている。
 少なくとも金額ベースで見る限り、日本最大の公共事業は「公務員と特殊法人の雇用事業」なのだが、役人と政治家同士のもたれあいで、ここのコストは絶対に下がらないようになっている。
 これはどう見ても「官官談合」だろう。
 ここで改めて自分の家族と兄弟周辺を見て見ると、自分の兄弟2人は地方公務員、ヨメは無職の主婦で、ヨメの姉も地方公務員。つまり原資となる税金を納めているのは自分一人で、あとはすべて他人の税金で生きているのだが、なぜか結婚もしなければ子供もいない。
 ここだけで見ると、自分一人の稼ぎと勤務先の法人税などの税収で、地方公務員3人とヨメと子供2人を養なっていることになるのだが、当然カネが足りるはずはない。実際は大量の借金をしてでも役人の給与が支払われているから、将来その借金と年金をまるまる負担しなければならない子供たち2人以下は、さっさと海外に移住したほうがいいのかもしれない。
 身内にも友人にも公務員は多く、個人的に恨みがあるわけでもないからあまりキツいことも言いたくはないのだが、これが現在の日本の縮図なのだと思う。 ------------------------------------------

 如何だろうか。最後の方は「兄弟・友人における地方公務員の人口率」、また、「独身と妻帯者の差」など、少々、ヒートアップしていて笑える。
 が、マスコミが伝える「談合論」、また、マスコミ報道に政治が煽られ、検察が動きだすという構図が気になるこのご時世。納税者と税収システム、給与水準、国家予算における公務員人件費、政治家と行政、官と民の正しい区別など、このような見方も大切ではないだろうか。


◆2005/08/13◆ 事故20年の日…JALウェイズ58便DC10エンジン破損、部品落下
 520人が犠牲となった日航ジャンボ機墜落事故から20年を迎えた日、午後7時45分ごろ、福岡発ホノルル行きJALウェイズ58便DC10(乗客216人、乗員13人)が離陸直後、左翼エンジン付近から炎が噴出、多数の部品が空港近くの福岡市東区の住宅地に落下するという事故があった。
 乗客乗員にけがはなかったが、落下した金属片を触った子どもら5人が軽いやけどを負い、車のフロントガラスにひびが入る被害もあった。福岡県警は業務上過失傷害容疑に当たる可能性もあるとして、刑事責任の追及も視野に捜査を進めているという。
 某国営放送のニュース班が福岡空港を取材中、偶然、ビデオに収めたので、エンジンが火を噴く瞬間をN◎Kニュースで見た方も多かろう。
 国土交通省福岡空港事務所によると、離陸直後の午後7時46分、上空約150メートルで、同機の左翼にある第1エンジンのタービンブレードが破損した。機長から「エンジントラブルが起きた。燃料を捨てて引き返す」と管制塔に連絡があり、同機は上昇を続け、約83トン積んでいた燃料のうち、約50トンを海上に捨て、福岡市上空を旋回して福岡空港の南側から着陸した。
 国交省は同日夜、対策本部を設置、事故原因究明に乗り出したが、重大な危険性をはらむ事故ではなく、航空・鉄道事故調査委員会は派遣しないと判断した。
 日本航空によると、左翼下にあるエンジンの排気ノズルに数センチ四方の金属片が複数残っていた。破損したニッケル超合金製のエンジン・タービンブレードの金属片が地上に落下したとみられる。エンジンは1980年2月に製造、通常の目視点検のほか、使用時間が600時間を経過するごとに内部を検査。事故前に点検した6月18日の時点で異常はなかったという。エンジン前部に損傷は見られず、鳥など外部からの衝突ではなく、内部部品が破損したらしい。このためエンジン内の空気の流れが乱れ、異常燃焼を起こして炎が上がった可能性が高く、炎は一時的で、報知機は作動しなかったため機長は消火剤の散布はしなかったという。
 さて、DC10はボーイング747在来型と並んで、日本航空グループでは古株である。来年3月には退役を控えた機種ではあるが、航空機の耐用年数からすると、きちんとした点検・整備を行なっていれば、まだ問題になる年数でも運航サイクルとも思えない。
 只、気になることは、同じ福岡空港で1996年6月に起きたガルーダ航空の同型機DC10が離陸失敗、オーバーランして炎上、3人が死亡、170人が重軽傷を負った事故。原因は、スピードがV1(離陸決定速度)を越えていたのに離陸を中止したという機長の判断ミスとされたが、事故の引き金になった主翼の第3エンジンの故障は、タービンブレードの亀裂による破損であった。
 また、2001年6月にもDC10は名古屋空港を離陸直後に同様のトラブルを起こし、落下した部品を触った住民がやけどを負っている。このときは刑事責任を問われなかった。
 さらに、搭載していたエンジンはPratt & Whitney(プラット&ホイットニー)。昨年の初め、日本エアシステムの主力旅客機MD80型シリーズ機でエンジン部品に亀裂等が見つかった問題を覚えている方もいるだろう。そのエンジンは、タイプは違うがPratt & Whitneyなのである。Pratt & Whitney社の整備副本部長の役員が派遣され調査したが、緊急点検の為に運航を一時停止した1月19日から7日までの欠航便は596便、影響を受けた旅客数は約4万人に上ったという。
 ここのところ日本航空のトラブルなどが続き、エアラインの安全管理についてマスコミが叩き、その後から国土交通省が行政指導しているように見受けられる。しかしながら、航空機からの落下物はそんなに珍しい出来事ではない。今回の問題は、航空機やエンジンというハードウエアに、何らかの構造的な問題が初めから存在しているのかもしれない。


2005/08/08◆ 参院「郵政」否決。衆院解散、自民分裂選挙へ―
 終日、国会中継を見ていた。郵政民営化6法案の参院採決において、自民は何人造反するのか―、また、首相は衆院を解散するのか―、自民分裂選挙となるのか―、いろいろ気になる点があった。
 郵便などのサービスが「公共」で行われるべきか、「民間」で行われるべきか、良識あれは判断できるはずだ。既に、郵政公社法など関連法案で、郵政の資金は民間市場に流れるようになっている。完全民営化によって外資、特に米国のファンドに乗っ取られる可能性が高い。郵政民営化の発端は米国からの圧力、その圧力に忠実な公約で、4年前の自民党総裁選で圧勝した首相なりの筋の通し方が、この「郵政」否決、衆院解散、総選挙へ―なのである。
 以前から「自由民主党」という党名は、異常だと思っていた。なぜなら「自由」と「民主」は、近代思想における「保守思想」と「革新思想」であり、これが一緒になっているからである。「自民党をぶっ壊す」と言って登場した小泉首相は、多数決などの民主的手続きが好きなテクノクラートで、「改革なければ前進無し」、「抵抗勢力は出て行け」と、まるで「小泉民主党」である。抵抗勢力が進化し、造反派となった「郵政懇話会」の前衆院議長・綿貫氏は、「参院で否決すれば衆院解散という脅し手法は許されぬ」、「多数決より全会一致」、「我々が真の自民党」と、自民党50年の伝統的意思決定を大切にすることからも、「綿貫自由党」なのだ。
 ここまできたら自民党も壊れるところまで壊れていただきたい。しかし、郵政改革というつまらぬもので壊れるとは思わなかった。私としては、間近に迫る「憲法改正」において、国家と国民の再定義による思想の方向と深さで「政界再編」を望んでいたからだ。
 さて、今回の「政局」は様々な異例づくしだったが、前回の自民党分裂は12年前の「政治改革」。その後、細川殿様政権、羽田一寸政権、55年体制の崩壊などと言われ欧米諸国に「日本は社会主義になった」と誤解された村山戦争反省政権と続き、「政界再編・政治空白化」が何年も続いたのだ。今回はどうなるのだろうか。
 ちなみに、平成16年6月24日の衆議院議員総選挙・参議院議員通常選挙、最高裁判所裁判官の国民審査関係経費は、総務省ホームページを見ると1,454.3億円らしい。その二分の一としても、727億円の税金が今回の衆院総選挙に使われるのである。変人を超えた小泉首相の一声で…。
 嗚呼、何と体たらくなレベルの国政なのだろうか。


◆2005/07/23◆ 13年ぶり、東京で震度5強。首都の防災対策は大丈夫か?
 2週間前、ホームページのTOPに「真田町の天気」と「地震情報」をリンクした。ここ数年の異常気象と昨年の中越地震、浅間山の噴火、また、今年に入って長野県南部で見られる地震が気になっていたからである。
ところが、洒落にならない地震が首都圏を襲った。午後4時35分頃、13年ぶりに東京で震度5強を記録したのである。
 気象庁の発表によると、震源地は千葉県北西部で、震源の深さは約73キロ。マグニチュード(M)は6.0と推定している。東京都足立区で震度5強、震度5弱は埼玉県南部、千葉県の北西部と南部、神奈川県東部。また、長野県内では佐久で震度3、松本、上田、諏訪、飯田で震度2を記録。ちょうどその頃、上田市で松尾町商店会フリーペーパーの取材中だったが、徒歩移動をしていたせいか、地震に気がつかなかった。
 以下、共同通信の記事。『23日午後4時35分ごろ、関東地方で強い地震があり、東京都足立区で震度5強、埼玉、神奈川、千葉各県で震度5弱を記録した。首都圏では新幹線とJR在来線が一斉にストップした。私鉄や東京メトロも運休、道路は渋滞し交通網がまひした。夏休み最初の週末でにぎわうターミナル駅などは大混乱となった。
 けが人は1都3県で重傷2人、軽傷25人の計27人に達した。島しょ部を除く東京都で震度5以上を観測したのは、1992年2月以来。
 気象庁によると、震源地は千葉県北西部で、震源の深さは約73キロ。マグニチュード(M)は6・0と推定される。震度5弱は埼玉県南部、千葉県の北西部と南部、神奈川県東部。
 気象庁はフィリピン海プレートと太平洋プレートの境界付近で起きた逆断層型と発表。今後数日間に最大、震度4程度の余震が起きる可能性があると予測している。』
 その後、インターネットでニュースをチェックしているが、気になる記事が2、3ある。
 まず、気象庁の首都圏の地震観測網において、各観測地の地震計からの情報の遅れが30分ほどあったこと。当初、都内は震度4との発表だったが、30分後、震度5強と変更したのである。政府や都の対策室の設置が遅れ、また、週末の土曜日であったため行政の緊急召集もあたふたしたようだ。首都の防災対策に不安を残した。
 そして、道路と鉄道の麻痺、建築物では高層ビルのエレベーター内に人びとが閉じ込められ、また、立体駐車場では車を載せた車台ごと落下している。車台ごとの落下は今まで聞いたことがない。
 震源の位置を専門家が検討したところ、当然ながら東京直下地震につながるプレート内で、地震活発期に入るきっかけになるとのコメント。
 首都圏に住むということは、巨大地震は覚悟の上ではあるが、私の一族郎党は東京だ。都民の覚悟と共に、首都圏に出張するビジネスマン、夏休みで遊びに行く方々も覚悟が必要である。


◆2005/06/17◆ 上田市松尾町商店会で始められた『街おこしジャーナリズム「フリーペーパー真田坂」』
 私の仕事のひとつに「まちおこし」のプランニング、プロデュースがある。この「州庵の甘辛日記」読者の方は、(参照*2004/04/292004/04/22)など既にご存知と思うが、ここ2年近く、上田市松尾町商店会のアドバイザー(参照*2004/06/18)として、お手伝いしてきた。
 ところで、何故、「まちおこし」にかかわってきたかというと、20年近く博物館、美術館などの文化施設のプランニング等を行ってきたからだ。
 この25年の「都市・文化論における文化施設の役割」を簡単に振り返る。25年ほど前は「教養の殿堂」としての博物館の仕事が多く、20年前あたりから「町の文化のコアとしての博物館」となった。15年ほど前はバブルとリンクして「企業ミュージアムや個人経営の博物館」が続々と現れて大衆化し、「まちおこしの起爆剤・文化施設」と「オープンエア・ミュージアム」、「エコ・ミュージアム(この「エコ」は今日の解釈のような「環境論」でなく、「人びとの暮らし」を「文化的な生態」として捉えた「まちごと博物館」であり、1970年代にフランスの博物館学者が提唱した概念)」など、都市・文化論における文化施設の役割が変わっていった。
 ここまで来ると、文化施設コンサルタントでありながらも、様々な概念とテクニックを使って「まちおこし」を手がけなければならない。まあ、博物館ひとつ作るには、その地域を取材し、地域の風土・文化の構造を把握して、補助金の取り方から、設置・運用の条例の雛形をつくり、博物館の展示コンテンツ・ディレクターとして建築家と協議するため建築の知識もなければならない。展示ストーリーのシナリオを編纂、個々のコーナーのシナリオを書き上げて、情報伝達効果を理解した上で展示手法としてのグラフィックから造形物などのディレクション、教育普及活動の特別展・企画展のプロデュース、施設のファン組織・友の会の運営から、広報活動としてのミュージアム・ジャーナリズムの展開、ミュージアムショップの立ち上げ、グッズの開発から、設置・運用の条例など、膨大で緻密な仕事をこなさなければならない。このような現場でたたき上げられると、「まちおこし」の仕事もこなせるようになる。
 ちなみに、1992年にプランニング、1995年オープンした「愛媛県双海町・夕日のミュージアム&夕日のまちおこし」のクライアントの愛媛県双海町(現/伊予市)が、1997年、国土庁(現/国土交通省)が主催した「地域づくり全国交流会議鯖江大会」で、大会実行委員会会長賞を受賞。当時、身近な自然現象でも"まちおこし"が可能であることを証明し、注目され、各地に"夕日ブーム"が広がるきっかけとなった。また、信州に帰ってからは、これら「まちおこしプロデュース」の視点から、上田市柳町の街並み再生をルポ(フリーライターの北沢房子氏と協働/2001〜2004年・月刊情報誌KURAに連載)するなど、いろいろな団体で勉強会の講演活動をしている。
 この実績を、知人のコットン・サトーのオーナー佐藤隆平氏が知り、佐藤氏が役員を務める上田市の松尾町商店会(会長は但馬軒オーナー佐藤高和氏)の役員会で、昨年、「商店会活性化」の勉強会を数回行い、その中で、「出版社や新聞社、広告代理店の力を借りず商店会が直接フリーペーパーを発刊する」という全国的に珍しいテーマを投げかけたところ、会長をはじめ皆さんが興味を示し、組織内に編集部会を発足させ、結果、「フリーペーパー真田坂」として今月の15日(2ヶ月に1回の発行)に発刊することとなった。
 私が以前からかかわってきた文化施設におけるミュージアム・ジャーナリズムの応用で提唱している「まちおこしジャーナリズム」を基本に、紙面も、かなり画期的なコンテンツで構成している。企画・編集は私が担当しているが、将来は、商店会の皆さんが取材・執筆していくことになる。
 ここ数年、「フリーペーパー」など無料の生活情報紙がブームとなっているが、その始まりは1970年代、大都市圏、政令都市、県庁所在地でミニコミ誌のルーツとして発刊された。商店会が創刊したものでは、東京銀座の「銀座百店」などが有名だ。そのほとんどは広告代理店や地方紙の子会社、タブロイド判ローカル新聞が、チラシ広告の効率化の延長線でスタートしたもので、「まちおこし」が必要ない商店会が、その町の外の業者へ発注しているスタイル。
 今回のフリーペーパーの全国的に珍しい点は、小規模商圏8万人(旧上田地区の商圏です)内で、「まちおこし」を主眼とした『グラフ紙(今では死語)』の形態で、単に直接発刊でなく、商店会内に編集委員会を置き、自らが予算を編成し、編集に携わっていること。
 商店会が直接発刊する定期刊行物フリーペーパーは、コンテンツ次第では消費者の手元に残り、「読者」は「松尾町商店会のファン」に直結する可能性が高い。また、商店会を訪れるお客様の発言も取り上げ、情報受発信型双方向のメディアとなる。編集内容によっては、様々な市場マーケティングや顧客傾向を得ることが可能だ。

≪「フリーペーパー真田坂」概要≫
  ・フリーペーパー名(仮称)『2 monthly 真田坂 ○月号』
  ・発行 松尾町商店会
  ・紙面構成 A4判8面(A3判二つ折り2枚)カラー印刷
  ・発行部数 6,000部
    商店会各店舗10部無料配布(それ以上必要な場合は1部50円で買取)。上田駅、ホテル、銀行、
    飲食店、理・美容室などを中心に置く。
  ・松尾町商店会教養部内に編集委員会を設置
  ・企画編集 当事務所(ルポライター兼任)
  ・各号地元ライター、フリーライターが参加(上田在住、出身の著名人にボランティア記事依頼予定)
  ・紙面構成内容 イメージは別紙
   [1面] ◆写真・タイトル ◆コンテンツ・インデックス ◆今月の巻頭言
   [2面] ◆特集ページ(毎月、様々な角度から松尾町を紹介する。また、まちおこしの光と影、行政政
         策検証、経済活動と物流、観光施策の提言、都市論と文化論など様々なフィールドを取り
         上げる)
   [3面] ◆銘店探訪(毎月2店程度を取材紹介)
   [4面] ◆料理コーナー(精肉店、食材店、飲食店に限らず、料理好きな商店会員による季節感溢れ
         る料理レシピ)
        ◆売れ残りミュージアム(各店にある売れ残り品を発売年の流行語コラムと共に紹介)
        ◆空き店舗情報(潜在的起業家に向けた空き店舗情報)
   [5面] ◆商店主図鑑(毎月1人の店主を趣味なども交え紹介) ◆コラム・町おこしを考える
   [6面] ◆今月の特選品情報(毎月2店程度から商品を推薦) ◆真田坂街歩きエッセイ
   [7面] ◆ストリート・インタビュー(老若男女へ突撃取材)
        ◆暮らし百科(いいものの見分け方、ライフサイクルコストの話、真贋物語など専門店の知識
         を基にしたコラム)
   [8面] ◆広告欄 ◆編集後記

 実物を松尾町で手にとってもらえば分かるが、広告やクーポンを極力排除した。最終面の広告欄に「クーポンも必要」と商店会の役員会で話したが、商店会の判断として「読み物としての街おこしグラフには今のところ必要ない」とのことだった。
 さてさて、かなり長くなったが、この実験的な松尾町のフリーペーパー事業。会員の方々とどのように育てていくか…、そして、長く続けたいものである。この事業の経緯は、今後、「まちおこしレポート」として紹介していきたい。


◆2005/06/13◆ 『教養とは何か?』 某公共放送番組「視点・論点」を見て…
 ある学者が15分ほどの番組で「教養とは何か?」を論じている。こんなに短い時間で、どうやって「教養」を論ずるのか?と思い、興味を持って見ていた。
 哲学者の言葉「あらゆることについて何事かを知っている。何事かについてあらゆることを知っている」を用い、「専門だけでなく『人間的ふくらみ』の知識を持っている人」という。また、幾何学的に「円錐の低円が教養とすると、円錐の先端が専門である」とも説明している。そして、大正生まれの政治家の言葉から「世俗的界において邪魔をするのが教養。得をするものでもない、ひけらかすものでもないのが教養」と説く。
 ところで、私自身、写真職人を育成する「職人大学」を出ているので、当然、「教養」とは縁がない。しかしながら、この『教養』…、限りなく『死語』に近く、「死語の世界へようこそ」のような時代ではないだろうか。
 大学における教養学部は解体され過去のものとなり、教養課程は希薄化して一般課程と変わりないほどに荒廃しているという。「教養」という言葉がかつて持っていた輝きと品位ある重さは、不明瞭で実体のない空虚な概念となっている。そして、品位というものと別次元の智の体系に位置する科学・技術的知性から拒絶されている。
 法学部や文学部の中では、「教養」の一端を担うべき法哲学や、政治思想や政治史の分野は、実務教育が主流となり「ロースクール化」への流れの中で、付加的な科目扱いで周辺化している…と、西部邁氏の本は論ずる。挙句の果ては、大学改革なる学部の改変では、国立の地方大学で「法文学部」などというものが誕生して久しいのである。
 手元にあるいくつかの辞書で『教養』を引いてみる。
 冨山房の『大言海』では、古すぎるために「教養」が見当たらない。そこで、「博学」を引くと「博(ひろ)く諸学に渉れること。学問の博きこと」とあり、「博物」では「博く事物を知ること。物識り。博物学の略」。教養を「文化」に近いものと考え、「文化」と調べると「@武力、刑罰などを用いずに、教化すること。A自然を純化し、理想を寛元せんとする人生の課程。B俗に西洋風なること。又、新しがること」となる。
 次に、ご存知、『広辞苑・初版』では、「教養=@教え育てること。A単なる学殖・多識とは異なり、一定の文化理想を体得し、それに準じてあらゆる個人的精神能力の統一的創造的発達を身につけていること。従って教養の内容はその時代や民族の文化理念の変遷に応じて異なる」とあり、『広辞苑・第4版』になると、前述のアンダーライン部分が「〜それによって個人が身につけた創造的な理解力や知識」に変わっている。
 三省堂の『大辞林』では、「教養=@教え育てること。A社会人として必要な広い文化的な知識。また、それによって養われた品位。B単なる知識ではなく、人間がその素質を精神的・全人的に開花・発展させるために学び養われる学問や芸術」とあり、広辞苑の上を行く説明がなされている。
 最後に平凡社の『哲学事典』で教養を調べると「教養主義」があり、「教養とは人格的生活を高尚にし豊富にするため、知情意の全般的な発達をはかるように修養することをいい、専門的な限られた職業生活のほかに学問芸術などをゆたかに身につけ、またはそれを理解する能力をそなえることを意味する。教養がそれ自身目的となり、単に博識や趣味のためにもとめられたとき、そうした態度を教養主義という。日本でculture,Bildungの語訳として『教養』の語が使われだしたのは大正期以降のことであり、その思想傾向はしばしば『教養主義』として批判される」とある。
 さて、大正生まれの両親を持ち、明治大正の叔父・叔母が多かった家で育ったせいか、『教養人』に憧れるのである。また、その昔、『教養の殿堂』と呼ばれた「博物館」の中身を創り上げる仕事にかかわってきたせいか、『教養』という言葉には違和感を持っていない。
 ありがたいことに、20年近く、博物館にかかわる仕事をしたことで、「博物学」と「文化論」の重要性を知った。また、以前から読書が好きであったが、読み方がかなり変わったと思う。言葉の意味の重層性を学び、多面的に言葉を考えるようになった。語源を遡り、意味を咀嚼し、言霊を大切にする作業が身についたというか…。
 とはいうものの、ジャンルを問わない読書で得たものは、トリビアに近いものだ。ちなみに、我輩が出演しているTV番組「ゆうがたGet」は、教養番組というジャンルに入るそうな。あぁ…無教養で恥ずかしい。
 「教養人」という言葉を耳にすることが少なくなった。その代わりに「知識人」という訳の分からぬ言葉が定着している。果たして、何時の日か「教養人」に近づけること(絶望的と思いながらも無駄な抵抗を続ける毎日)があるのだろうか…。


◆2005/06/12◆ 古代世界史が書き換わる?「欧州に古代神殿文化か…」
 12日のS濃毎日新聞朝刊3面、共同通信の配信記事『欧州に古代神殿文化か?ピラミッドより2000年以上前』をご覧になったと思う。この報道が事実とすれば、古代世界史が書き換わり、欧州の石器時代の認識を一新する凄い発見である。
 記事によると「11日付の英紙インディペンデントは、ドイツからチェコ、スロバキア、オーストリアなど欧州の広い範囲で、紀元前4800年から4600年にかけて築かれたとみられる神殿跡などが発掘された」とあり、発掘を主導したのはドイツ・ザクセン州の考古学者たち。これまでに欧州各地で150以上の神殿跡を特定し、その構造は円形に木や土を積み上げた原始的なもので、柵などで囲われていたという。
 同紙は欧州の石器時代の歴史を書き換えることになると指摘したという。そりゃそうだ。なぜなら、エジプトのピラミッドや英国南部にある巨石遺跡群ストーンヘンジよりも2000年以上前に建造されていたことになるからだ。
 確か…紀元前4800年から4600年というと新石器時代に属するが、ヨーロッパでは集落遺跡や土偶の発掘例はあったと思うが、宗教的な施設を伴った構造物は見つかっていないはず。記者発表を行うということは当然ながら「構造のはっきりしたもの」が見つかったということだ。
 ちなみに中学校頃習った古代4文明といえば、まず、イラクの周辺に栄えたメソポタミア文明で、紀元前3000年ごろまでにシュメール人国家が成立した。次に、エジプト文明は紀元前3000年ごろからナイル川流域で発達し統一王朝が成立。そして、紀元前2500−1500年ごろには南アジアでインダス文明が栄え、さらに、紀元前1500年ごろには中国の黄河流域で殷王朝が成立。
 ヨーロッパの古代石造物というとストーンヘンジを思い浮かべる。ストーンヘンジは、紀元前2500から2000年ごろで、大きく3回に分けて造営された。
 話を元に戻す。今回発見された神殿跡は、長屋で集団生活していた住民が"建造"に携わったとみられ、人々は羊やヤギ、豚を飼って生計を立てていたらしい。
 また、共通する特徴として「1/実際に使われたのは数世代だけ 2/中央の最も神聖な部分の面積が約0.3ヘクタール 3/溝を掘って出た土の量はほぼ同じ」と、記事は伝えている。さらに不思議なのは「200年もたたないうちに建造がストップしてしまった」という。
 詳しい発掘の報告は記事になく、まだ待たねばならないようだ。


◆2005/05/17◆ 高額納税者上位100名に見る「世相」
 昨日のM日新聞インターネット版によると、5月16日、国税庁は2004年度分の確定申告で、所得税額が1000万円を超えた高額納税者を全国524の税務署で公示し、上位100人を公表した。
 その1位に初のサラリーマンが入り、46歳の投資顧問会社部長。推定所得は約100億円とみられ、そのほとんどが給与のようだ。記事は「担当するファンドの運用で、高額の成功報酬を得たとみられ、このほかにも、金融関連企業の5人が、実績に応じた高給与でランクインした」と伝えている。
 バブルの頃、ある雑誌で、米国では「金融工学」なる学問があると知り、流石に呆れ返っていた。が、この投資顧問会社部長の年齢を見ると、その学問が話題になった時期に一致する。想像ではあるが…米国で学位などを取っているのではないか? それにしても、この額は異常だ。成功報酬とはいえ、かなり特殊なサラリーマンである。
 記事に目を戻すと、国税庁の発表した数字は平成の大不況は底を打ち回復を持続のようなデータらしい。「確定申告した人は約744万1000人と前年を50万8000人上回り、2年連続で増えた。このうち、約1%の7万5640人が公示対象者、4年ぶりに増加した。5億円以上の高額納税者は前年から8人増の38人、3億円以上は22人増の107人となり、納税額は増加傾向になっている」という。
 毎日新聞の分析では、上位100人のうち、主な所得を給与や事業など本業で得た長者は、前年並みの54人。株・土地譲渡も例年並みの計38人。このうち、土地長者は5人と過去最低だった前年を2人下回り、バブル期の91年分(86人)の17分の1以下になった。株譲渡組では、企業の合併・買収(M&A)に伴う株譲渡でランクインしたのが7人と前年から1人減。上場に伴う株売却で創業者利益を得たのは、前年のゼロから2人になったという。
 また、業界別では、健康・美容関連業界17人、パチンコ業界12人、消費者金融5人と、ここ数年と同じ相変わらずの顔ぶれ。金融関連企業からの給与所得者は6人で、IT(情報技術)関連企業は経営者ら7人という。
 さて、この業界の顔ぶれを見ると、今日の世相を反映している。
 神経症としか思えない過度な健康ブーム、小学生や中高生の茶髪やプチ整形にまで射程を入れそうな美容関連、朝刊に必ず折込があるパチンコ屋のチラシ、新聞の広告欄に踊る消費者金融、勝ち組といわれる金融関連企業とIT関連企業はバーチャルな世界でのゲーム論…。何事にも光と影があるが、その影の部分のキーワードを挙げてみると「命乞い、見た目、ギャンブル、拝金、バーチャル、ゲーム、勝ち負け…」。
 何となく、薄ら寒く感じる…。この国は大丈夫だろうか…と、思うのは私だけか。


◆2005/04/25◆ JR福知山線脱線衝突事故、鉄道車両の軽量化と高速化に物申す
 今、臨時ニュースが悲惨な鉄道事故を報じている。9時20分頃、JR福知山線の列車が、尼崎駅付近のカーブで脱線し、自動車と衝突、先頭車両4両が脱線、2両がマンションの1階に突っ込み、「くの字」のようにスクラップ状態になっている。
 ヘリコプターからのライブ映像は、レスキュー隊が懸命に救出を展開している様子を伝えている。現時点で死者25名、けが人239名が確認され、今後、死傷者数は増えていくだろう。この路線を利用している知人が数名いるが、事故に巻き込まれていないことを祈るのみである。
 事故現場からの報道では、R300(半径300メートル)のカーブで脱線し、マンションに激突したようだが、鉄道車両がアメのように「グニャっと潰れている」映像を見る限り、鉄道のシステム論でなく、鉄道車両という乗り物の安全性は、果たして本物なのか?と考えざるを得ない。
 実は、以前から度が過ぎる「鉄道車両の軽量化と高速化」に疑問を持っていた。
 その疑問は私が京都にいた頃から抱いたものだ。1991年4月20日から滋賀県の信楽で開催された世界陶芸祭開催中に起こった鉄道事故で、私が勤めていた会社の社員が重傷を負い、関連会社の社員が亡くなった。5月14日に起きた大惨事「信楽高原鉄道事故」である。単線の路線でありながら赤信号で出発したステンレス製の軽量・高速の新型普通列車が、旧型の普通列車に正面衝突、死傷者の多くは新型の普通列車に乗っていた。
 この大きな鉄道事故から14年たったが、その間の鉄道事故で気になるのは、2000年3月8日の営団地下鉄日比谷線中目黒駅付近で起きた地下鉄車両の脱線衝突事故である。死者5名、重軽傷者多数を出すという痛ましい惨事だったが、当時のメディアはカーブに脱線防止用の補助レールを設置していれば――、また、新型のアルミ軽量車両の安全性は――と、伝えたことを覚えている。
 信楽高原鉄道事故は、旧型の鋼製車両と新型のステンレス軽量車両の衝突、営団地下鉄事故は、今日普通に見られるステンレス車両とアルミ製の新型軽量車両によるものである。前者は大型ダンプに普通自動車が正面衝突したようなもので、後者は大型トラックがカーブでふくらみ軽自動車を破壊したようなものである。
 今日、尼崎で起きた大惨事の鉄道事故の車両も、軽量化したステンレス車両であり、軽自動車がスピードを落とせず、マンションに突っ込んだとでも言い換えることができるのではないか。
 電車の車両の軽量化は消費電力が少なく経済的で、メンテナンスコストの安さを理由に殆どの鉄路で使用されている。しかし、鉄道車両の軽量化と高速化は、新材料、新制御システムなどの「新テクノロジー」へ傾向し過ぎ、ある種の「信仰」となっていないか?安全性を追求する姿勢に、基本的な疑問が残る。


◆2005/04/24◆ ついに、日中問題について斬る
 ついに、日中問題について斬る。お主は「ギター侍か?」と突っ込まれそうだが、いやいやカメラという銃をもった「武士」でありたい(まず、無理。エセ武士がいいとこだろう…)。
 中国で勃発している「反日デモ」。今週は何事もなかったようだが、領事館や日本企業、邦人に被害がでている。しかしながら、5月4日が間近だ。1919年5月4日の5・4反日運動の21世紀版にならないことを祈る。
 先日、幼馴染の親友(2004/04/11の日記に登場する)が「ところで、日韓問題や、日中問題がややこしくなりやすいのは、中学の教科書では、アジアの近現代史が省略されていたため、いま、近隣の国を考えるためのベースが稀薄になっているせいかもしれませんね。」と掲示板に書き込んでくれた。
 全くその通りである。
 実際、戦後の教育はGHQの置き土産である憲法と教育基本法の影響によって、アジアの近代史教育をしてこなかった。したとしても、例の「自虐的歴史観」の教育を行ってきた。そしてこの教育は戦前、戦中、戦後世代を完全に断絶してしまった。以前、何回か経験したが、我が世代から団塊の世代の「父や祖父は軍国主義に手を貸した」というトンデモナイ発言を酒宴で耳にした。また、その昔の中学校あたりからそのような声を何回か聞いたように覚えている。自分の父や祖父をまるで戦争犯罪者のように発言する人々がいるこの国は一体全体どうなっているのか…。
 教科書検定問題で悪名高き「新しい歴史教科書を作る会」は、ここ10年ほどの活動で「自虐的歴史観」を一掃した歴史教科書を目指してきたことは周知の通り。しかしながら、この会はなかなか支離滅裂な団体だ。当初、保守主義の様々な学者、評論家、企業家、芸術家が幅広く参加していたが、アメリカ同時多発テロ以降、まともな保守論客の一派が次々と脱会してしまった。今日、残っている御仁は、「自虐的な歴史観はけしからん。が、我々はアメリカと共に歩んでいくしかない」などと「親米」を大声で主張し、アメリカのイラク戦争を支持した政府と協働を始めたのである。敗戦後台頭した左翼は彼らを右翼というが、アメリカ的民主主義を肯定する面では親米同士であり同類であり、ここまで来ると「思想膿漏」としかいわざるを得ない。この国の左右両翼は、歪んだ戦後教育によって、その思想概念すらも空虚な知識人や政治家を生み出してしまった。この方々を「ポチ保守」と呼んだ小林よしのり氏や西部邁氏に、拍手喝采なのである。
 さて、報道では、外務大臣が中国に渡っても、反日デモに対する「謝罪」も中国政府から引き出せていない。また、22日、ジャカルタで開催されたアジア・アフリカ首脳会議では、自社魁政権時の村山富一元首相の戦争反省演説をベースとした「アジアへの反省演説」をしてしまった。国際会議で演説してしまったのである。55年体制が崩壊した旧社会党との「思想なき野合」という経験(当時、西欧のメディアの一部では「日本は社会主義国になるのか」と騒いだ)が、このような無思想の自民党総裁・首相を生んでしまったのである。また、23日の日中首脳会談では、関係改善へ対話継続で一致したが、中国主席は「反省を行動で示してほしい」と、首相の靖国神社への参拝を中止するように求めた。
 戦後60年という節目で、靖国神社参拝と歴史教科書検定、また、国連常任理事国入りを目指す外交、憲法改正が与党や国会で論議され、国内外において様々な声が上がっている。しかし、正しき歴史観である「歴史は国柄とその時々の国際関係を認識し、事実を立体的に解釈する姿勢が大切で、決してジャッジをしていはけない」という当たり前な良識を、毅然とした態度で表明できないのか?


◆2005/04/11◆ 鹿児島市の防空壕跡で起きた中学生4名CO中毒死事故
 この2日間、9日に起きた鹿児島市の防空壕跡での中学生4名CO中毒死事故の報道を見ていた。事故は既に大きく報道されたのでご存知と思う。防空壕跡でサバイバルゲームをしていた中学生4人が、明かり取りの焚き火でCO中毒となり病院に搬送したが、全員の死亡が確認されたのである。
 防空壕の入り口付近で段ボールなどを燃やした跡があり、現場にライターがあり、発見時には火がくすぶっていたという。防空壕内部は複雑に枝分かれし、一番奥までは約30メートルあり、入り口近くに2人、さらに奥で2人が倒れていたらしい。消防隊員の救出の後、警察による実況見分が行われたが、洞窟の中は一酸化炭素濃度が高く、できない状態だったという。
 今朝、亡くなった生徒たちが通っていた市立武岡中で全校集会が開かれ、校長は「(大人が)洞くつを知っていればと悔やまれる。常に危険を予測して行動してほしい」と呼びかけたという。
 実に痛ましい事故であり、ご冥福を祈る。
 この2日間の報道を見る限り、国土交通省が「防空壕跡」と「洞窟」の位置確認と、安全確認などの管理徹底を通達し、県内の市町村も立ち入りができないようにパトロールをしたとTVニュースが伝えた。行政としては当たり前な対処であろう。
 さて、私が指摘したいのはCO中毒の危険性を伝える報道内容が全くなかったことだ。確かに今回の事故は防空壕跡で起きた。しかし、焚き火による一酸化炭素中毒が原因なのである。危険な場所をチェックすることも大切だが、一酸化炭素中毒の恐ろしさを報道し啓発するのも重要なことなのである。
 一酸化炭素は無色・無臭のガスで、吸いこむと血液中の酸素運搬が阻害され、体の各組織が酸素を効果的に使うことができなくなる。少量であれば無害だが、血液中の一酸化炭素濃度が高くなりすぎると中毒となる。中度から重度の一酸化炭素中毒は、錯乱、意識消失、胸痛、息切れ、昏睡が起こり、犠牲者の多くは自力で動くことができず、救助が必要となる。重度の一酸化炭素中毒は、しばしば死に至るのである。
 一酸化炭素中毒が危険なのは、患者が眠気を中毒の症状だとは認識しないからだ。そのため軽度の中毒患者が眠ってしまい、重度の中毒や死に至るまで、一酸化炭素を吸い続けてしまう。ニュースで集団自殺が報道されるが、その殆どが自動車内に焚いた練炭による一酸化中毒死だ。
 ここ数年、「何で?」と思うような一酸化炭素中毒による事故が多い。里山登山やアウトドアブームで、テントの中でコンロを使って中毒事故が起きている。昨年、我が町の近隣では、高速道路建設のために掘削したトンネル内で、楽曲プロモーションビデオのロケ中に、発電機などの排気ガスによる中毒事故があった。
 その昔、中学の科学の授業で一酸化炭素とその中毒を習った覚えがあるが、ゆとり教育のカリキュラムでは教えていないのだろうか?


◆2005/04/08◆ 信州北部の「融雪注意報」と、長野県の「融解注意報」
 今朝、5時ごろ目が覚めた。年のせいでの早起きではなく、近くを流れる神川の音が台風の日のように凄かったのである。
 昨日、長野で数件の打ち合わせがあり、菅平を経由して出向いたが、途中、神川の支流や菅平ダムの様子が異様だった。川の流れは台風後のように増水し、チョコレート色の濁流が轟音をたて、ダムはこれからの増水を見越して空になっていたのだ。長野までの国道は、両脇の山の斜面に小さな滝が至る所にでき、路面はベチャベチャ。今年の降雪量は記録的に多く、3月は例年並みよりやや低い気温となり、渡り鳥の北帰行は例年より少し遅れ、いまだ終わっていない。ところが、3日前からの記録的な暖かさだ。
 ここ数日、信州の北部地方は「融雪注意報」が継続で発令され、「雪崩注意報」とセットとなっている。融雪注意報とは、 融雪によって、災害が起こるおそれがある場合にその旨を注意して行う予報で、日平均気温5℃以上で24時間降水量10mm以上の場合に発表される。雪崩の他に、洪水注意報、浸水注意報と一緒に出される場合が多く、雪の多い地方の春の水害というべきか。
 ところで、ここ数ヶ月、例の改革派?知事T中康夫氏が率いる「長野県」も、かなり融解しているようで、こちらも注意報が継続で発令されているようだ。お馴染みS濃毎日新聞の昨日の社説に、「県職員人事 マンパワーは大丈夫か」と題し、「空席が続く副知事と県教育長ポスト、任期付き職員の相次ぐ一年での退職、四十歳の社会部長や二十四歳の社会参事の誕生…。さまざまな話題を集めた県の人事が一段落し、新しい態勢による新年度が始まった。」と、組織論、人事の光と影など様々な問題点を指摘している。
 その中で、場当たり的で幼稚症と言われている知事がいる問題だらけの本庁から、地方事務所などの現地機関への移動を希望する職員がかなりの数で多いと伝えている。彼らは本庁を離れることを北朝鮮からの脱出になぞって「脱北」と呼んでいるらしく、笑っていられない状況のようで、現知事体制は既に瀕死の末期症状を呈しているようだ。
 ちなみに、今日の朝刊には、「知事 民放クイズ番組出演で苦情電話 3月県会中収録」との見出し。「田中知事が出演した民放クイズ番組が7日夜、放映され、県庁などに、『知事が芸能人のようにクイズ番組に出るのはいかがなものか』」といった電話が相次いだという。番組では、知事は全問正解して賞金1000万円を獲得し、クイズの合間には、県産ワインを紹介したり、県の温泉表示認定制度をPRしたようで、知事の両親や後援会副会長が応援する様子も映し出されたらしい。県経営戦略局信州コールセンターチームに、知事の出演場面の放映中から県庁に電話がかかりはじめ、十数本受けたとのことだが、内訳は明らかにしていない。県内で放映したN野放送にも、12、3本の電話があったという。番組の収録は3月県会中の3月21日(祝日)。県会総務委員会が、知事の住民票問題に対する県幹部の「県民益」発言で紛糾して日程を2度延期し、県側提出議案の採決を翌日に控えていた日である。
 更にもう一本の「総務省からの出向職員 県、全国唯一ゼロに」という記事が気になる。総務省出身の県市町村課職員1人が3月末に本省に復帰し、長野県は全国都道府県で唯一、総務省からの出向職員がいない県になったことが7日、同省のまとめで分かったという。県側が要望していないためで、県庁内では住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)への侵入実験、同省が所管する国主導の市町村合併に批判的な立場の知事が、旧山口村の越県合併関連議案を県会に提出しなかった問題など、県と同省の対立を反映していると指摘する声があるようだ。
 長野県が2年程で財政再建団体転落する可能性が高いというのに、総務省との関係をここまで壊してしまっていいのだろうか。本当に「何じゃこりゃ」なのである。長野県の「融解注意報」は、すぐ「警報」に切り替わるだろう。


◆2005/04/04◆ 世界の科学史に登場したローマ法王ヨハネ・パウロ二世が死去
 S濃毎日新聞の今日の朝刊、第1面に「ローマ法王ヨハネ・パウロ二世死去」。関連記事が3・4・5・21・27面にあり、「84歳、平和外交に尽力」と見出しがあった。善光寺を拝し、諏訪大社のある信州の新聞社が、これほど紙面を割くとは…。
 TVニュースで既に報道されていたが、地方新聞がここまで大きく扱うとは思わなかった。記事には、「ローマ法王ヨハネ・パウロ二世(本名カロル・ボイチワ)が2日午後9時37分(日本時間3日午前4時37分)、敗血症性ショックなどのためバチカンの居室で死去した。約26年半の在位中、外遊は歴代最多の104回に及び、旧ソ連や東欧の民主化を後押しし、イラク戦争にも反対した。他宗教との和解に情熱を注ぎ、約11億人のカトリック信徒を束ねる指導者として平和の尊さを説き続けた。」とある。
 今後、葬儀のスケジュールは、4日午前(日本時間同日夕)に枢機卿会議を開き日程を決めるが、7日か8日になる見通しという。4日午後5時(同5日午前零時)から始まる一般弔問を皮切りに、法王選挙(コンクラーベ)が行われる4月後半まで、サンピエトロ広場だけで連日数万人の信者らが集まり、行事が続く今月中に計200万人以上が訪問すると予測されている。宿泊施設の不足で、スポーツ施設が集まるオリンピックスタジアム周辺で3日から、テント村の設置が始まったらしい。バチカンまでたどり着けない人のため、葬儀を中継する大型スクリーンを古代ローマの大競技場跡チルコマッシモなどに設置し始めたと、記事は続く。
 ところで、法王が初めて日本に訪れたのが1981年2月のこと。その2年後、世界の科学史に法王が登場する。
 ガリレオ・ガリレイの宗教裁判の誤りを、国際学会でついに認めたのである。彼の死後350年たった1983年5月9日のことだ。ガリレオ・ガリレイは、論文「天文対話」のなかで「地動説理論」を発表したが、宗教裁判にかけられ、「地球は動いていない」と言わされた話は、中学校の歴史の授業で誰でも習っている。
 また、ダーウィンの進化論についても「神がアダムとイブをつくった」との創世記の記述を根拠に認めていなかった。が、1996年10月23日、教皇庁科学アカデミーに宛てた法王の書簡で、「1950年のピオ十二世の回勅『フマニ・ゲネリス』は進化論を重要な仮説として、反対論をも考慮に入れ、より深く研究された調査の価値あるものとした。この回勅が出されてから五十年以上が経過し、新たな知識が我々をして進化論を単なる仮説以上のものとして認めさせるようになった」と述べたのである。その中で、「肉体の進化論は認めるが、われわれの精神は神からもらったものであり、人間の精神は進化論と関係ない」と留保している。
 当時のイタリア各紙は「教皇いわく、われわれの祖先はサル」、「バチカン、ついにダーウィンと和解」などと大きく報じ、カトリック界が初めて進化論を肯定したことについて、イタリアの科学者、哲学者の間から「ようやく科学の成果を認めたのは喜ばしいが、あまりにも遅すぎる」などの声を紹介した。
 科学の成果が「物質主義」に傾倒していくことを嫌ったバチカンの判断ではあったが、世界に11億人、日本に約100万人程いるという巨大宗教の悠長過ぎる歴史認識なのだろう。


◆2005/03/18◆ 「韓流」のなかでの「竹島問題」
 インターネットのM日新聞、S経新聞によると、16日、島根県会で超党派議員が領土権確立に向けて世論を喚起し政府に早期の外交的解決を促そうと県議38人中35人が共同提案した「竹島の日」条例案を可決。採決では「友好交流に支障が出る」とし1議員が退席。もともと欠席していた1議員と議長を除き、採決に臨んだ35議員中33人が賛成した。「竹島の日」条例は来週中にも施行される。
 条例提案、成立を受け、韓国世論が反発。韓国政府は「第二の侵略」と見なすとして、新たな対日政策を発表。また、韓国の特殊任務部隊OBで構成する保守団体は21日、島根県議会の「竹島の日」制定に反発、ソウルの日本大使館前で抗議活動を行い、警官隊と衝突した。同県と姉妹提携する慶尚北道が交流中断を表明したほか、自治体間交流に延期の動きも出ているという。
 「竹島問題」をふり返ってみる。竹島は隠岐の北西157キロの日本海に位置する二つの島と多くの岩礁からなり、無人島だったが、韓国が1952年に海洋主権宣言(李承晩ライン宣言)して領有を主張。54年から警備隊を常駐させ、その後実効支配を続けている。日本の漁師が韓国の警備艇に射殺されたり、多数の漁船が拿捕され、地元島根県では大きな政治課題となって久しい。99年の新日韓漁業協定で周辺は日韓両国が共同管理する暫定水域とされたが、韓国船が主に操業しており、日本側の漁業者の水揚げは激減している。
 この問題は長野県出身の歴史学者・下条正男氏(拓植大学国際開発学部アジア太平洋学科教授)の著書『竹島は日韓どちらのものか』(文藝春秋新書・2004)に詳しいので、一読することをお勧めする。「BOOK」データベースで紹介されている概要を挙げておく。「韓国は警備隊を派遣し灯台を建設するなど、一九五四年から竹島を実効支配し、領有権をめぐっての日本との協議を拒否し続けているが、歴史学者である著者が史料を渉猟、歴史的根源にまで遡って調べた結果は日本領。問題がここまでこじれたのも、事実よりも感情や理念が先走る韓国側の傾向、論争を避ける日本側の事なかれ主義に原因があると指摘する著者は、日韓の冷静な対話を呼びかけている。争点を整理した、竹島問題とは何かを知る絶好のガイド。」
 さて、可決された条例は以下の通り。

≪竹島条例全文≫
 第1条 県民、市町村及び県が一体となって、竹島の領土権の早期確立を目指した運動を推進
      し、竹島問題についての国民世論の啓発を図るため、竹島の日を定める。
 第2条 竹島の日は、2月22日とする。
 第3条 県は、竹島の日の趣旨にふさわしい取り組みを推進するため、必要な施策を講ずるよう
      努めるものとする。


 私は10数年前、文化施設のプロジェクトで松江、出雲、斐川、壱岐、石見、浜田など、よく島根を歩いた。そして感じたことは、歴史を大切にし、文化を伝承する大切さをこれほど認識している県民はいないのではないか―ということ。話がそれたようだが、島根県議会はかなりの覚悟を持って真剣に議論してきているはずなのである。
 これまで、北方領土や尖閣諸島はメディアなどでも頻繁に取り上げられているが、竹島問題は領土問題の中でも、まだまだ認知度が低い。これを機会に竹島問題も盛り上げていくべきである。
 ここ数年の韓流は悪いことではない。しかし、様々な問題が山積みのままであることを認識しなければならない。
 領土問題は国家の根幹であるので一日も早く正常な状態になる事を政府に要求する。


◆2005/03/03◆ 長野県はアマチュア知事の下、ボロボロの組織に成り下がった
 今朝のS濃毎日新聞を読んで、今更ながらに、我が県の体たらくに驚き、未来への展望に暗雲が重たくかかっていると改めて感じ入ってしまった。
 私の記憶では、T中知事や県、県議会の問題をネタにした記事が、これほど多い日はなかったはずである。3月県議会開会中で、昨日の2日から一般質問とはいえ、県会一般質問の詳報を含め、なんと11本の記事が紙面を埋めている。これは異常事態と言わざるを得ない。長野県はアマチュア知事の下、アマチュア行政マンが増殖したのだろうか、ズタズタの組織に成り下がったのである。

 以下、東信地区朝刊の記事見出しと概要を紹介する。

 『県民クラブと公明県議団 合流へ』/融解した県議会の離合集散だが、今回は様子が違う。知事与党的会派トライアルしなのの分裂によって、緑のフォーラムが県会第二会派となり、その余波が県民クラブにおよび第三会派となる。これに対抗するため公明県議団と再び合流し、自民党県議団と並んで第一会派へ。県民クラブは、自民、旧社会の中間会派「新風クラブ」と公明党が1999年4月に結成した統一会派で、2002年出直し知事選後、公明党が「支持者に分かりにくい」として離脱していた。そりゃそうだが、初めから理解に苦しむ組み合わせではないか。いくら県議会とはいえ、自民、社会、公明が手を組むとは、一般の政治感覚から乖離しているではないか。まぁ、今後、更に知事与党的会派の解体が進み、県会の勢力地図が猫の目のように変わるであろう。
 『県職員処遇 見直しへ 知事 検討委設置の意向』/S野功武氏(公明党・長野市)が県や県警本部の手当支給の実態をただしたのに対し、T中知事は県職員の給与や手当の見直しに向け「給与・手当・人事制度等の改革検討委員会を早急に立ち上げる」と、人件費のあり方や職員の処遇を総合的に見直す考えを明らかにした。更に知事は見直し方針について「仮に」と枕詞を言った上で、「県の人件費も歳入の一定比率に抑える仕組みを導入すれば、職員も自ら歳入確保のためにさまざまな活性化策を考えるかもしれない」と述べたという。この枕詞、なにやらいつもの事務方や側近に相談のない思いつき政策で、御用学者などによる結果の見えた委員会の立ち上げのように思えるのは、私だけだろうか。
 一方、S野氏が働き掛けを記録する対象に知事も加えるべきだと求めた県の「公職にある者等からの働きかけに関する取扱要領」に対し、知事は「その予定はない」と答弁。S野氏は当然ながら知事が県教委の移動図書館「おはなしぱけっと号」の車体に描くデザインをイラストレーター安斎肇氏に依頼するよう持ち掛けていた問題を挙げ、「要領の該当者に知事を入れるべきだ」と主張したが、「県議へのさまざまな働き掛けもすべて公開するなら考慮する」と子供のような反論を知事がしたようである。
 また、T島義幸氏(緑新会・北佐久郡)は県廃棄物処理事業団による下伊那郡阿智村の廃棄物最終処分場計画の見直しについて質問し、「地元から3月末までには結論を出してほしいと要望を受けている」とO田寛生活環境部長が答弁、今月下旬の事業団理事会に県の計画見直し案を示す考えを明らかにしたという。
 『新たに03年1件判明 県職員と知事会食 後援会が飲食代負担』/またまた出ました、県職員の服務規程で避けるべき知事後援会からの接待。メンバーはK林公善総務部長(当時経営戦略局長)、M林憲治経営戦略局長(同情報政策課長)、時の人となったO部英則・県障害者福祉センター所長(同まちづくり支援室長)ら県職員。知事室に近い部署に配属され知事と会食すると、知らず知らずと「毒饅頭」を食べてしまう「恐ろしい環境」がここ数年続いている。
 『規則無視 知事の指示 住其ネット実験経過文章 県会総務委』/県会総務委員会は2日、T中知事の情報公開をめぐる問題で開いた1日の集中審議で、参考人(時の人)O部英則・元経営戦略局参事が、2003年の県による住基ネットワークへの侵入実験をめぐる経過をまとめ、総務委員会に提出した文章を公開した。既に報道されているが、この証言が事実であれば実に恐ろしい台詞を知事が連発したことになる。「秘密保持のため財務規則を完全無視せよ」、「獄中日記でも書く覚悟で臨め」、と言いながら「あなたを守る」などなど。百条委員会の設置は必至である。
 『県会一般質問の詳報』/省略。ちなみに一般質問に立った県議はS野功武氏(公明党・長野市)、T島義幸氏(緑新会・北佐久郡)の他、鈴木清氏(政信会・長野市)、M川速雄氏(おあぞら・諏訪市)、I井正子氏(トライアルしなの・北佐久郡)、T口哲男氏(県民協働・無所属ネット・松本市)。
 『登山道の整備・補修 県、登山者から協力金』/登山道の整備や補修の費用を誰が負担するか明確になっていない問題で、県は来年度、山小屋が登山者から集める任意の協力金と、県費補助によって半額ずつ賄う方式を試行することを決定した。任意とはいえ登山者に負担を求めるのは初めてで、「登山者に当事者意識を持ってもらえるよう問題提起したい」(県環境自然保護課)との狙いで、考え方には基本的に賛成だが、果たして中高年登山ブームの人びとに、どこまで協力を得られるだろうか。
 夏山シーズンに北アルプス北、南部の各1カ所で、山小屋が主体となる登山道の補修で試行する予定という。2月県会に提出した来年度当初予算案に、県費補助100万円を計上し、協力する山小屋側は9日、北ア山小屋協会(約70人)の総会で県から説明を受け、今後、協力金をどう集め、どの登山道補修に充てるか―などを詰めていくという。
 私としては登山者からだけでなく、県内の登山メッカは殆どが国立公園なので、国立公園環境支援金のような位置づけで、幅広い層から公平に集められないかと考える。国立公園への観光客数は登山者のレベルではない。多く集まるはずだし、その中から計画的に登山道の整備にまわせばいい。欧米には古くからあるシステムである。山小屋のし尿処理に協力金を求めるチップ制が浸透したようになると思う。
 『知事の答弁削除で 県会質疑やりなおし』/これにはビックリ。T中知事は2月23日の県会代表質問で「一般市民からガバナー(知事の公開メールアドレス)に入ったもの(電子メール)は公的なもの」とした答弁に「錯誤があった」とし、この答弁全体を会議録から削除するよう、1日付で県議会議長に申し出たという。議会の後、答弁内容が全く変わってしまう変更は万に一つの珍事。本日、質問の当事者だったY田清二氏(県民クラブ)が県会で質疑やりなおしを認める方向で調整したという。
 『長野−飯田 特急計画を断念 県 時間短縮効果見込めず』/ほら見たことか―と思うのは私だけではないだろう。県議会の先生方は、飯田線や中央線、篠ノ井線を乗り継いで長野まで列車に乗ったことがないのではないか。単線ですれ違い駅が殆どないのに、どうやって特急列車を走らせるのかと私でも直感的に理解でき、JRがその通りのデータ(20分しか短縮できない)を出した。が、中南信に支持者を多くしたいT中知事が、何も知らず(知事も乗っていないのでしょうなぁ)、安請け合いで、試験運行予算2000万円を組もうとしたが、結果、空手形となった。

 だめだ、疲れた。以下、パワーが尽きたので記事見出しと一言のみを挙げる。

 『支援金の特別分「透明性」を 県市長会など要請』/今後、知事と市長会との融和はありえない。知事と比べると市長会のメンバーのほうが一枚上手。県は所詮中間行政であると認識し、県を頭越しに国と政策を進めることができるなど行政の裏まで理解しているプロの政治家。
 『T中知事が来月「震災講座」で講義 関西学院大で』/アルバイトする暇があるのなら、今後2年間、県民に迷惑をかけないよう勉強せよ―と進言する。
 『SO 献立の豚肉−配慮欠く イスラム圏の選手団反発 「文化ばかにするのか」SONA対応の甘さ』/冬季五輪では完璧だったのに、何故? これは、明らかに県や市から出向している管理スタッフのレベル低下、アマチュア化現象を証明している出来事である。
 『県看護大 女性教授を懲戒方針 地位を利用し嫌がらせ』/前職場の国立大学でも同じ問題を起こしていたらしいが、どのような採用の審査をしたのか?採用の責任者には説明責任がある。

 昨年の夏にも「2004/08/24県政ウオッチ」を企画して頑張ったのだが、やはり、もうこの県はどうしようもないとしか言わざるを得ない。体たらく過ぎて、この県に住んでいることが恥ずかしくなる。
 あと2年も、生徒会レベルの県政に付き合わなければならないのか?いい加減にしていただきたい。


◆2005/02/13◆ 上田市・丸子町・真田町・武石村の合併成立
 今、某公共放送のニュース速報で、武石村の合併賛否住民投票の結果が出た。上田市など4市町村の合併が成立するかどうかとなる最後のヤマ場だった武石村の住民投票は「合併賛成」が多数を占めた。開票作業は今夜8時40分から行われ、上田市などとの合併賛成が1576票、合併反対は1203票、373票の差だった。投票総数は2794票、投票率81・94%。
 この結果、上田市・丸子町・真田町・武石村の合併が成立する。成立を前提としたスケジュールでは、合併協定書の調印式は今月の18日だ。来年3月には16万6000人余りの新しい上田市が誕生する。
 それにしても、平成の大合併で、ここまでダッチロールした例は珍しいと思う。我が町のH山町長リコール住民投票、また、任意合併協議会の乱立、本当にいろいろあった。その昔、この日記で「合併しようが、しまいが、所詮、未来へのビジョンと税収入の確保など、覚悟が必要である」と書いた。結果、4市町村の合併となったが、果たして、リードする上田市に、この覚悟があるのだろうか。なければ困る。
 ところで、この合併騒動に関わった私としては、最終的なまとめのコメントを書かなければならないのだが、「村的な騒動」というべきか。ちなみに、過去の日記を読んでいただければ分かると思うが、私は合併反対ではなく「我が町の強権的な合併推進手法」に抵抗していたのである。
 なぜなら、まともなコミュニケーションの現場に立ち会えず、賛成、反対の両派が「レッテル」を付け、「醜い噂」を流し、お互いに「村八分」という事態がこの町で繰り広げられた。最後の最後まで、前進的な対話が図られず、二分されたままだった。
 また、真田、丸子、武石、和田、長門の3町2村は、連携もせず、なにやら「隣の垣根」の向こうを覗き見ながら、自らの主導権の判断をするという、ある種、悪い意味での「村的な行動」が目立ち、これらが任意合併協議会の乱立となった。上田市も「真田を落とせば、丸子や武石がなびくはず」と、町村をいかに「落とす」しか考えていないような進め方だったといっても過言ではないだろう。合併話が出始めた7年ほど前は「上田市は上小(上田市と小県郡の略)の盟主」だったはずなのだが、当時の東部町H科町長(現県議会議員)の反乱、すなわち郡をまたいだ北御牧村と東部町の合併が、上小の枠組みを流動化させたのであろう。
 さて、平成の大合併の7不思議があるのをご存知だろうか。幾つかを挙げると、

  ●佐賀県のある自治体では、合併を推進しない町長がリコールされた
  ●人口21万人で過疎地―。新潟県に誕生した県内第2の人口規模の新・上越市が、過疎地域に
   指定された。
   【報道では、「これだけの人口が過疎地域になるのは全国初」と総務省も驚く異例のケースだと
    伝えた。同市は指定による優遇措置活用のため、自立促進計画案をまとめ、同市議会と協議し
    たという。この現象、同市が編入した13町村のうち9町村が過疎地域だったため起るという当た
    り前な結果だった。新市全域でも人口の減少傾向は変わらないことなどから、過疎地域自立
    促進特別措置法(過疎法)の特例措置となる「みなし過疎」となり、全域の指定は2008年度まで
    続くという。これはどう考えても「確信犯」で、知略ある政治家か行政マンがいたということだ。制
    度の裏まで読んで、ここまで利用するとは、なかなかである。平成の大合併の法的な隙間は、こ
    の他にもあるはずだ】
  ●自律する判断をした自治体は、必ず「財政再建団体」になるように、この平成の大合併は仕組
   まれている。
   【なぜかというと、合併の主官庁は当然ながら「総務省」。総務省は「道州制」の導入を狙っている。
    「財政再建団体」とは自治体の「破産」で、指定された途端、国の直轄下で 建て直しを強いられ、
    都道府県という中間行政団体を必要としない。住民投票による「自律自治体」が増えるほど財政
    再建団体が増え、都道府県などの中間行政団体を頭越しにコントロールでき、結果、新しいシス
    テムの「道州制」を導入する絶好のタイミングとなる。実際、長野県などは、平成の大合併で約半
    数になると国は踏んでいたが、あの有名な「反復性サプライズ症候群」のT中知事の思いつきに
    よる「合併反対推進」で、国の目標までほど遠い物となった。偶然なのか、その長野県も、2008
    年度に「財政再建団体」に陥るという事態が現実味を帯びてきた】
  ●全ては数年後の「人口減少」がベースとなっている。そして、新しい特例法が用意される可能性が
   高い。
    【国が「人口減少」をベースに、ものすごい「未来の我が国の姿」をシミュレーションしているようだ。
    そのうち明らかになると思うが】

 まだまだ面白い推測や話があるのだが、このくらいにしておいて、今後の合併を見守るとしよう。


◆2005/02/06◆ 真田町と丸子町で市町村合併住民投票の当日
 我が町の「市町村合併問題」については、私も少なからずかかわり、H山町長の強権的で強引な合併推進、それに対する反対派の動き、町長のリコール請求活動とリコール住民投票、僅差でリコール不成立、賛否両派の様々な激突をこの甘辛日記でレポートしてきた。
 一方、丸子町での市町村合併問題は、かなり複雑な問題に発展していて、この日記の紙面では説明ができないほどだ。
 これら合併賛否両派の市民運動は、真田町のH山町長から「合併賛否住民投票の実施」を導き出した。また、両町の市民運動の波は行政への大きなバイアスとなり、昨年12月25日の上田市・丸子町・真田町・武石村法定合併協議会で、合併期日目標「2006年1月1日」を「2006年3月6日」と変更させてしまった。表向きには「厳冬期の市長選と市議選になる」などの理由にしているが、両町で実施される合併賛否の住民投票の結果次第で「波乱」の可能性があるからだ。
 その市町村合併の最後の天王山となる日がついにやってきた。
 今日、2月6日、我が真田町と上田市の東南に隣接する丸子町で、上田市を中心とした市町村の合併住民投票が行われている。両町の賛否の大勢は、今夜、10時30分頃に判明するはずだ。
 合併住民投票は丸子町が先月の29日、真田町が今月の1日に告示し、真田は上田市域との合併に賛成か反対(自立)かの二択、丸子は「上田市域」「依田窪」「合併しない」の三択で町民の判断が下される。
 現在、上小(上田市と小県郡の略)には「上田市域」(上田市、丸子町、真田町、武石村)「依田窪」(丸子町、長門町、武石村、和田村)「長門町・和田村」の三つの法定合併協議会が乱立している。合併が成立するには、原則として協議会に参加する全市町村の意向が一致しなければならないが、丸子、真田両町の住民投票結果によっては、消滅する枠組みが出る可能性もある。
 さて、この住民投票による結果で、今後の市町村合併がどのように展開するのか…。この問題に詳しければ難しくないが、S濃毎日新聞が1月27日の朝刊でシミュレーションしているので紹介したい。

 ◎真田町が合併賛成、丸子町で「上田市域」がトップになった場合
   隣接する丸子町と異なる枠組みでの合併は考えにくい武石村の結果で上田が一位なら、三
   町村の   意向がすべて「上田」で一致し、上田市域での合併の可能性が高まる。四市町
   村は三月定例議会で合併を議決、2006年3月の合併に向け準備する。「依田窪」は壊れ、
   長門町と和田村の「長和」合併の可能性が強まる。

 ◎真田町が合併賛成、丸子町で「依田窪」がトップになった場合
   「上田市域」は破たん。武石村で「依田窪」が首位、残る長門町、和田村でも「依田窪」と出れ
   ば「依田窪」合併成立へ。

 ◎真田町が合併賛成、丸子町が「合併せず」の場合
   「上田市域」「依田窪」ともに破たん。「長和」合併の可能性。

 ◎真田町が合併反対の場合
   丸子町の結果にかかわらず「上田市域」は破たん。丸子町が「合併せず」なら「依田窪」も破
   たんし、「長和」合併成立の可能性。依田窪四町村で「依田窪」と出れば「依田窪」合併成立へ。

 今晩、県内TV局の臨時ニュースが流れるはずである。どのようになるのか…。それでは、我が町の将来を左右することになる「一票」を投票してくるか。


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