●イベント参加者

講師/フリーランス蕎麦職人 小林氏(上田市古里)
蕎麦屋おお西で蕎麦を修行、現在、独自の蕎麦道を追及するさすらいの蕎麦職人。人なつっこい笑顔をふりまきながら芸術的な蕎麦を打つ。渓流釣りはプロ級の腕前。今回、横山氏提供の黒姫のそば粉で水こね十割蕎麦、また、小布施の仲間の店から提供された粉で、更科蕎麦を打っていただいた。信州森林サポーターの会・みどりの絆会長の小山氏と知り合いとのこと。数十年ぶりの再会だったようで、大いに盛り上がった。

講師/フリーランス黒姫蕎麦生産者 横山氏(長野市川中島)
叔父の志を受け継ぎ、黒姫の麓で美味しい蕎麦を追求する蕎麦生産者。蕎麦屋おお西で蕎麦を修行、現在、自らのこね鉢を作るため漆職人の修行中。蕎麦の風味が落ちるこの時期にイベントを開催することを心配し、前夜から蕎麦の実の選別作業や、当日、早朝から石臼でゆっくりと丁寧に粉を挽いたという。富士通の開発検査リーダーを定年退職し、現在、NPO長野県ITアドバイザーセンター設立準備事務局長

信州森林サポーターの会・みどりの絆 会長/小山 孟氏(真田町菅平)
新潟から菅平に移住し様々な活動を続ける。菅平太鼓の立ち上げ、いち早くコンビニを開店など先駆け的な存在。グリーンツーリズムという概念が誕生する前からいろいろなイベントを仕掛ける菅平の生き字引。今回は、イノシシ肉が入手できたので、早津氏に”イノシシ鍋”の仕込みを担当して頂く。

真田町振興公社・地域振興部・振興係長/橋場秀俊氏(真田町赤井)
東京築地の魚屋の息子。高校球児で大学においても活躍。大学野球のコーチとして社会人になり、その後、大手スポーツメーカーのトップ営業。10年ほど前、奥方の故郷の真田町に移住し、真田町振興公社のプロパーに転職。

真田町議会議員/坂口 光氏(真田町本原)
元真田町青年団長で、青年団解散の幕引きを担う。そのとき20歳のサラリーマン。当時、行政や議員との協議において、対等なコミュニケーションが図れず、議員になって町政に関わりたいと志す。その後、海外青年協力隊に参加し機械技術者としてアフリカに赴任。6年前、真田町議会議員選挙に立候補、最年少議員として当選。禍根を残さない市町村合併を公約し、現在、強権的な町長とオール与党の議会において、町長リコール署名グループに協力。

JaSRA日本スポーツ科学専門学校・コック/三井 勝氏(真田町大庭)
高校卒業後、包丁一本で東京、横浜へ約2年間の修行の旅に出る。帰郷し、様々な料理店で修行の後、現在、菅平にある日本スポーツ科学専門学校のコックとして料理の腕を振るう。和洋中にとらわれず地元の素材を生かした彼のアドリブ料理は、この町ではトップクラスで、また、酒を愛する若きシェフである。彼の打つ”うどん”は絶品。

●イベントの進行概要

 8月最終の週末を設定していたが、参加者のスケジュール調整が難しく、イベント開催が危ぶまれたが、無事、終了した。
 昼前、長野市在住のフリーランス黒姫蕎麦生産者・横山氏がアトリエに到着。しばらくして、取れたての高原野菜をいっぱい抱えた早津氏が到着する。お茶で一服してから”イノシシ鍋”の仕込みに入る。
 仕込の途中、13時となったので真田町の食文化交流施設・幸村夢工房へ向かい、フリーランス蕎麦職人の小林氏、真田町振興公社の橋場氏と合流、ワークショップを開催する。15時前、十割蕎麦と更科蕎麦20人前ほどが打ち終わり、早速、アトリエに場所を変え、打ちたての蕎麦を楽しみながら懇親会・酒宴を開催。
 18時頃、リコール署名の反省会に出席のため早津氏が退席。同時期、真田町議会議員・坂口光氏が参入する。21時頃、菅平のシェフ・三井勝氏が、酒を持って我がアトリエにやってきたので、飛び込み参加。
 蕎麦の話、酒の話、イノシシの話から始まり、男の生き様、プロとアマの境界線、NPOの必要性と難しさ・将来性、市町村合併問題、地域活性化など幅広いテーマで大いに盛り上がる。30台半ばから70台手前の1本筋の通った男たちの呑み会となった。
 散会となったのは夜中の2時過ぎで、宿泊者は小林氏と横山氏である。

トップ アイコン
トップページヘもどる

2004/09/11
蕎麦うちイベント芳名録・イベント概要報告

●写真リポート(真田創造工房アトリエ内キッチンにて)
1キロ弱のイノシシ肉を裁く早津氏
イノシシ鍋の材料を前にご満悦の横山氏。
鍋の具は、ゴボウ、ニンジン、大根、ジャガイモ、こんにゃく、シメジ、モミジシメジなど
早津氏曰く「イノシシ鍋はごった煮ほど美味い」。味噌ベースの絶品となった
真田町の食文化体験交流施設「幸村 夢工房」
この町の施策には「夢」という字が多いが、もしかして夢がないからか?
●写真リポート(真田町 幸村夢工房の体験道場にて)
蕎麦うちワークショップのスタート
横山氏提供の黒姫蕎麦。早朝から丁寧に石臼を挽いたという
小林氏と横山氏の仲間の店から調達した更科粉
小林氏が汲みに行った武石村の清水を使って打つ  粉と水を素早く混ぜ、粉が水を吸い始めると小さな玉が数多くできる
小さな玉になった蕎麦をまとめ
捏ね始めると、すぐに粘りが出
始める
見る見るうちに木地が艶を持ち始め、塊になっていく。 菊揉みし伸す前の玉が完成し、伸しの作業へ
小林氏と横山氏は一方向伸しだ
伸しと畳み込みが同時の作業。  切りに入る。麺線の美しさに注目して欲しい。25回切って一人前
左から横山氏、橋場氏、ホスト・安藤州平、早津氏、小林氏
義父様の御逝去で、今回、欠席となった北沢房子氏に、全員で哀悼の意を表し、黙祷。酒宴が始まる。
長野から参加の若手の仲間が欠席となったが、今回のイベント趣旨である「本来、蕎麦は高級なものではない。信州ならではの食文化・蕎麦は、身近な存在であるからこそ、深い奥行きを感じながら楽しめる日々を暮らしたい」と伝える。全員、同感とのこと。打ちたての十割蕎麦と更科蕎麦を橋場氏作の汁で味わい、横山氏提供の日本酒を楽しむ。
途中参入の坂口光氏と横山氏
22時頃のメンバー。一番左は最終参入の菅平シェフ・三井氏
●イベントでの名言集

早津氏/
 「『正しい在野』でいたかったが、昨今、地域がある種甘えてきてその関わりが強くなり、在野でいることが難しい。『在野不在』は、地域の論客がいなくなった証拠。地域活力が芽生えなくなっていく」
小林氏/
 「諺にもあるが、人の縁は本当に不思議で、やはり乙なもの。こんなに嬉しい呑み会はない」(私が小林氏と出会って”柳町まちおこし密着ルポ本”の企画を考え現在に至るが、その私や私の呑み仲間・橋場氏が早津氏や坂口氏と仲間だったことに対して)
横山氏/
 「NPOの設立準備で分かったことは、官と民の異次元の落差。畑で蕎麦を作っていないと精神のバランスが取れない」(横山氏のここ一年ほどの活動を振り返って) 「必ず新蕎麦イベントの開催を!」(次回イベントの熱いリクエストが出る)
橋場氏/
 「官に入って11年だが、官に染まる気は全くない」
坂口氏/
 「蕎麦屋に入ることもないが、飲食店で蕎麦を食べることもめったにない。なぜなら、美味いか不味いか落差が大きすぎるからだ。食べた後に”リコール”できないからね」
三井氏/
 「本当の友達は、甘えもせず、甘えさせてもいけない。気合の入った呑み仲間は別だが」
ホスト/安藤州平
 「酒と蕎麦を味わいながら、30台半ばから70台手前までの呑み仲間がいる。人生の先輩と後輩である。しかしながら、それぞれの人生の旅の視点が類似しているのだろう。世代が違っても、求める道は同じなのかもしれない」

イベント情報ヘもどる
●写真リポート(真田創造工房アトリエにて)

2004/09/11
蕎麦うちイベント芳名録・イベント概要報告